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【書評】『ふだん着の寺田寅彦』池内了著 矛盾多い素顔に親しみ

 東日本大震災や異常気象、そして今回の新型コロナウイルスのように、「想定外」の出来事で日常が脅かされた際に思い出されるのが、物理学者・寺田寅彦が言ったとされる「天災は忘れたころにやってくる」という警句だ。実際にはこの言葉のままではなかったが、同じ趣旨の文章を何度も書いたという。

 寺田寅彦は科学者でありながら、夏目漱石門下として文学に親しみ、俳句をつくった。また、「電車の混雑について」などの随筆は、経験をもとに鮮やかな推論が導き出されており、科学の視点を持つことの大事さを教えてくれる。

 本書は、その寺田寅彦の家族や知人の追悼記や回想文を手がかりに、「ふだん着」の姿を描こうとしたもの。そこからは、自身の文章では書かれなかった、あるいは隠されていた生身の寅彦が浮かび上がってくる。

 握り飯の中に梅干しの代わりに砂糖を入れるほどの甘党で、当時としては珍しいほどのコーヒー好き。ひとときも手からタバコを放さず、臨終の間際でも無意識に2本の指を動かして、タバコを求めたという。

 それらの不摂生が病気の原因にもなったが、医者を信用せず診察を拒否する。そこには、レントゲン写真を改良したいと言ったように同じ科学者としてのプライドもあったのだろうが、「おいしいもの、きれいなもの、何でも面白いものはみんな好きだよ」という自分を正当化しているようにも思える。

 なお、同じ物理学者である著者は、寅彦の死因をX線実験の際の放射能障害ではないかという仮説を立てており、一聴に値する。

 外では紳士としてふるまうが、家庭内では癇癪(かんしゃく)持ちで、妻に手をあげることもあった。子供に対しては異様な心配性で、山登りに出かけた大学生の次男がもしも遭難したらどう対処するかまで考えていたほどだ。

 矛盾だらけの素顔だが、完璧な人間であるよりもかえって親しみを感じる。今後、寅彦の随筆の読み方も変わってきそうだ。

 著者が言うように、「寅彦は私たちにとって、過去から学ぶべき先人として貴重な導き手」である。今後も、なにか大きな異変があるたびに、寅彦の言葉をかみしめることだろう。(平凡社・2500円+税)

 評・南陀楼綾繁(編集者、ライター)

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