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【書評】『ドイツ軍攻防史 マルヌ会戦から第三帝国の崩壊まで』大木毅著 最新研究で「虚像」を破壊

 『灰緑色の戦史』『ドイツ軍事史』『独ソ戦』や名将として知られるロンメルとグデーリアンの評伝など、近代ドイツ軍事史の研究を精力的に続けてきた著者の最新作である。通史ではないが、副題にあるように第一次世界大戦初頭から第二次世界大戦終結までの主要な戦いの事例分析を連ねることで、20世紀前半のドイツ軍の栄光と没落を描いている。

 アジア・太平洋戦争に敗れた戦後日本では、ドイツを含むヨーロッパ軍事史のイメージは英米の研究者による著作を通じて形成されがちであった。それらと並び影響が大きかったのが、1970年代以降続々と訳出刊行された西ドイツ(当時)の戦記作家パウル・カレルの著作である。『バルバロッサ作戦』『焦土作戦』で独ソ戦の、『彼らは来た』でノルマンディー上陸作戦の、『砂漠のキツネ』でロンメルの像を作り上げた日本の読者も多いであろう。

 しかし、本書はドイツやロシアをも含む欧米の最新の研究成果を十分に咀嚼(そしゃく)しつつ、独自の考察も加えて、英米系の研究やカレル作品が作りあげた虚像を次々に破壊していく。それはとりわけ独ソ戦における「定説」において顕著である。ほんの一例をあげれば、戦局の転換点となった1943年夏のクルスクの戦いの「定説」のかなりの部分が、実は当時の独ソのプロパガンダと戦後の我田引水的な言説によって作られてきたことを本書は見逃さない。

 それにしても、学術的正確さとは関係なく、いったん流布してしまった言説が後世に与える影響は根が深い。上述のカレルは本名をパウル・カール・シュミットといい、ホロコーストに加担した元ナチ親衛隊員であった。そのような人物が戦後に巧みに正体を隠して、自分と一部の旧軍人の保身のために記してきた「史実」が、「事実」として日本では40年以上も受け入れられてきたのである。

 補章の「何を読むべきか? ドイツ軍事史基本文献案内」は、ドイツが関与した戦争に関する内外の必読文献の詳細な紹介であり、本書の価値をいっそう高めている。歴史叙述において「悪貨が良貨を駆逐する」ことを防ぐためにも、本書は読まれるべきである。(作品社・2700円+税)

 評・等松春夫(防衛大学校教授)

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