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【ビブリオエッセー】夏が来ると思い出す 「火垂るの墓」野坂昭如

 夏が来ると、この作品を思い出す。高畑勲監督によるアニメ映画化で一躍有名になった、ある幼い兄妹の戦時中の物語だ。幼いころの私はこの悲しい映画を夏の象徴と捉え、台詞を丸暗記するほど好きだった。

 大学生になって講義で『火垂るの墓』の導入部を初めて読んだ。それまでにも小説の存在を知りながら手を出さずにいたのは映画の世界観を壊されたくなかったからだ。本来は小説が原作なので矛盾しているが、私にとってはまず映画ありきの物語。要するに映画とは異なるだろう小説の世界には触れたくなかったのだ。

 そのため記憶の中の映像がほぼそのまま活字となっていたことに感動し、映画に没頭したときと同じように小説に引き込まれた。映画と構成は同じく、冒頭で兄が亡くなり、私を絶望させる。独特の文章は句読点が少ないため、切迫感がひしひしと伝わってきた。

 主人公は神戸の大空襲で焼け出された清太と節子の兄妹。幼いころの私は、なんて可哀想なのだろう、両親のいない場所で懸命に生きようとしているのにひどい仕打ちを受け、それこそ蛍のようにあえなく死を迎えるだなんて、と心を痛めていた。しかし大人になり、改めて向き合ってみると、誰が善で誰が悪ということではなく彼らは時代そのものの被害者だということに気づいた。

 今の私にはどの登場人物も責めることができない。迫りくる死に怯え、それぞれに守るものがあり、追いつめられて精一杯だったのだ。そんな悲しい時代はもう訪れてほしくない。

 今年もまた夏が来る。おそらく例年とは違う夏。どんな夏になるのだろう。

 堺市西区 上乃葵 27

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