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【話の肖像画】柔道男子日本代表監督・井上康生(42)(13)監督として挑んだリオ五輪

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男子日本代表監督として臨んだリオ五輪。選手の試合をスタンドから見守った =2016年8月、ブラジル・リオデジャネイロのカリオカアリーナ
男子日本代表監督として臨んだリオ五輪。選手の試合をスタンドから見守った =2016年8月、ブラジル・リオデジャネイロのカリオカアリーナ

 《ロンドン五輪後も当初は続投とみられた日本男子の篠原信一監督が辞任。平成24年11月。新監督として白羽の矢が立った》

 ロンドン五輪で日本男子柔道は史上初の金メダルなしという結果に終わり、私もコーチとして敗因は何だったのかを分析しつつ、4年後のリオデジャネイロ五輪へ向けて他の指導陣とも話し合っていました。そういう中で、24年10月にブラジルで国別の世界団体選手権が開催されました。篠原監督が大会中に「もう次をやる気持ちはあまりない」という話をおっしゃっていました。水面下で次の監督にという話も耳に入ってきましたが、まずはコーチとして大会に集中しました。帰国して打診をいただきましたが、最初は監督経験がない私が日本男子を率いる重責を引き受けていいのかと迷い、不安がありました。

 《悩める日々に背中を押してくれた一人が、20年に結婚した妻、亜希さんだった》

 代表監督というのはやりたいという自分の気持ちどうこうではなく、タイミングもあります。東海大で指導を受けた佐藤宣践(のぶゆき)先生や山下泰裕先生からは「どんな状況になってもしっかりと務めて、いける準備はしておきなさい」ということを以前から言われていました。家族の存在も大きかったです。妻と子供4人と暮らす家族は安心できる場所。妻に相談する中でも、監督になることを後押しする言葉をもらいました。

 ロンドン五輪の惨敗もあり、火中の栗を拾うようなものという声もありましたが、私はどん底だろうが、頂点の状況だろうが、覚悟を持って取り組むという腹のくくり方が大事だと思いました。一緒に強化を担うコーチの皆さんも快く引き受けてくれました。

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