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【話の肖像画】柔道男子日本代表監督・井上康生(42)(9)連覇大本命…アテネ惨敗

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金メダルの大本命として登場したアテネ五輪では4回戦でオランダのファンデルヘーストによもやの一本負け、顔を覆う=2004年8月、アテネ
金メダルの大本命として登場したアテネ五輪では4回戦でオランダのファンデルヘーストによもやの一本負け、顔を覆う=2004年8月、アテネ

 《平成16(2004)年8月19日。男子100キロ級日本代表として2大会連続で出場したアテネ五輪では、日本選手団の主将も任された。五輪まで公式戦での国際大会で5年間無敗と金メダルの大本命で迎えたが、本番では4回戦でまさかの一本負け。畳の上で大の字になると、しばらく起き上がれなかった。敗者復活戦にも敗れ、メダルすら手にできなかった》

 4回戦で負けたときはもう頭の中が真っ白になりました。何が起きたのかも分からなかったですね。

 《1回戦は送り襟絞めで一本勝ちしたが、優勢勝ちした2回戦は攻めあぐねた。3回戦も内股による一本勝ちしたが、敗者復活2回戦は大内返しで一本負け。最後までらしさは影を潜めた》

 1回戦から「自分の中でなんか調子がよくないな。取り戻そう」という焦りはありました。「次の戦いも何か違うな」と。焦りと不安が積み重なっての負けでした。敗者復活戦も一本で敗れ、それまでずっと負けていなかったのが1日で2度の一本負けですからね。正直、「やってしまった」と絶望的な気持ちになりました。

 ただ、冷静に振り返れば、負けるべくして負けた五輪でした。最大の敗因は準備不足です。「井上康生イコール相手をきれいに投げて、一本で勝たないといけない」という理想も先走りすぎてしまいました。前年の世界選手権で全試合を5、6分で勝ち、ほかの国際大会もそんな感じでした。五輪当日も冷静に自分の状況を分析できていれば、結果も変わっていたと思います。それなのに「どんな状況になっても、きれいに勝つ。一本で勝たないといけない」という理想論だけを追求してしまいました。人間だなと反省しました。

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