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【話の肖像画】柔道男子日本代表監督 井上康生(42)(8)世界王者3人、重量級全盛期

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2学年下の鈴木桂治(左)が台頭、全日本選手権では2年連続で決勝での対戦となった=平成16年4月、東京・日本武道館
2学年下の鈴木桂治(左)が台頭、全日本選手権では2年連続で決勝での対戦となった=平成16年4月、東京・日本武道館

 《五輪、世界選手権、全日本選手権。柔道界の3冠を手にし、日本の柔道を背負う責任感が芽生えた》

 平成10年のアジア大会(バンコク)で、全日本王者だった篠原信一さんと宿舎が同じ部屋でした。篠原さんは「重量級の全日本で1、2位の俺らが負けるわけにはいかんわなあ」とおっしゃっていました。そのときに初めて、日本の重量級の重みというものを意識させられました。12(2000)年シドニー五輪のときはまだまだ自分自身のために勝つという思いが強かった。プラスアルファを意識できるようになったのは、13年に全日本王者になってからですね。現在は時代も変わりましたが、私の現役時代、重量級の選手は全日本をすごく意識していました。ですから、篠原さんに勝って全日本王者となり、これからは日本の柔道を自分が背負っていくんだという思いも受け継ぎました。

 《国内の第一人者となる中、2学年下の鈴木桂治、棟田康幸が台頭してきた》

 全日本は15年まで3連覇しました。14年は棟田、15年は鈴木と決勝を戦いました。彼らは高校3年時に、早くも強烈なインパクトを残しています。鈴木は高校生で初めて講道館杯を優勝し、棟田も国際大会の嘉納治五郎杯を制しました。2人は大きなライバルになると感じました。私自身もアテネ五輪で再び優勝することを目指していました。2人の存在が私自身のモチベーションにもなりました。

 《15年、大阪で開催された世界選手権は男子100キロ級で3連覇を達成。棟田は100キロ超級、鈴木が無差別でそれぞれ優勝。3人が同時に世界王者となり、重量級の金メダルを独占した》

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