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【話の肖像画】柔道男子日本代表監督・井上康生(42)(7)難敵・篠原倒し全日本王者

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4連覇を目指した篠原信一(左)を破って全日本選手権初優勝を決めた =平成13年4月、東京・日本武道館
4連覇を目指した篠原信一(左)を破って全日本選手権初優勝を決めた =平成13年4月、東京・日本武道館

 《東海大4年で平成12(2000)年シドニー五輪を制した。前年には世界選手権も制覇。もう一つ、どうしても手にしたいタイトルがあった。全日本選手権だ》

 五輪の金メダリストになって、当時は若干、鼻が高くなったというか、周りから見られているということを意識するようになりました。私が幸運だったのは、良き指導者に恵まれたことでした。「大事なのは金メダルを取るまでと、取った後にどう生きるかだ」と説かれていました。そして、自分にはまだ手にしていないタイトルがあったことですね。五輪と世界選手権に続き、全日本選手権でも優勝して柔道界の3冠を絶対に取るんだという思いが強くありました。五輪後すぐに学生の団体戦もあり、私は東海大の主将でしたから、休んでいる時間もなかったんですね。

 《当時の全日本王者はシドニー五輪男子100キロ超級を「世紀の誤審」で敗れたと言われた篠原信一。10年から3連覇していた》

 篠原さんとは10年の全日本が初対決でしたが、強烈でしたね。こんな強い人が世の中にいるのかと。体も大きいし、何よりも力が半端ではない。技術も高く、特に自分の形に確立させた内股透かしは別格でした。シドニー五輪の悲劇は、審判があの技を見切れなかったからだというくらい高度で最先端の技術を持っていました。練習で組ませてもらっても、私の内股は百発百中で透かされて投げられました。

 「この人を倒せば、五輪も全日本の優勝も見える」という道しるべのような存在でした。11年の全日本は対決する前に私が負け、12年も優勢負けでした。力で押さえつけられて何もできなかったのですが、投げられなかっただけで自信になりました。

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