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【話の肖像画】柔道男子日本代表監督・井上康生(42)(6)技で魅了 五輪の頂点へ

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母、かず子さんの遺影を掲げ、金メダルを胸に手をふる=平成12年9月、シドニー
母、かず子さんの遺影を掲げ、金メダルを胸に手をふる=平成12年9月、シドニー

 《平成11年の世界選手権を制すると、翌12年2月のフランス国際は4試合すべて一本勝ちし、代表選考会を兼ねた4月の全日本選抜体重別選手権も3試合オール一本勝ちと圧倒的な強さを見せた。そして同年9月21日、初出場したシドニー五輪の畳に立つと、決勝では鮮やかな内股で金メダルを手にした》

 初めて五輪という大舞台で日の丸を背負い、その中で自分自身の信念を貫いた上で戦い、頂点に上がれたという自負はありますね。具体的に言えば、子供のころから父に植え付けられた「人に感動を与える柔道」イコール超攻撃型柔道です。私が柔道を始めたころは立ち技重視で、寝技にいこうとすると、すぐに「待て」がかかった時代でした。そんな時代背景や父の指導もあって、超攻撃的に一本を取る柔道を強烈にたたき込まれていました。決勝戦で、その父から教わった内股で豪快に投げた場面は、試合で勝つことはもちろん、人を魅了する柔道を体現できた瞬間でした。

 また、私が柔道を始めて最初に習った技が背負い投げでした。同世代の中では体が大きかったので、小中学生になって必要なくなっていきました。ですが、高校に入って東海大で練習をさせてもらう中で、指導を受けた佐藤宣践(のぶゆき)先生から「世界を狙うためにもう一度、担ぎをやれ」とマンツーマンで受けてもらいました。その背負い投げで3回戦を勝ちました。

 内股も最初に父から教わったのは飛び込んで仕掛けるものでしたが、それでは大きな相手には限界がくる。海外の長身選手や体重無差別で日本一を決める全日本選手権を想定して、相手を自分のほうへ引き出す内股を習得したのですが、そういう努力も実った五輪だったのです。試合内容はすべて覚えています。内容も相手選手の名前も国も戦い方も全部言えます。

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