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【国難に思う】ステージ、介護…小さな私の覚悟 女優・タレント 松島トモ子

インタビューに応じる女優の松島トモ子=4日午後、東京都目黒区(川口良介撮影)
インタビューに応じる女優の松島トモ子=4日午後、東京都目黒区(川口良介撮影)

 年に2回、東京・世田谷の成城ホールで「松島トモ子コンサート」を実施してきた。今年で10年目、6月5日には18回目のステージを予定していた。うかつと思われるだろうが、コンサートの準備に頭がいっぱいで新型コロナウイルスのニュースは人ごとだった。さすがに3月初旬、主催者に聞くと「絶対にやります!」。私は稽古に没頭した。

 しかし4月1日、「新型コロナのためキャンセルです」との電話…。「ガーン」。私は布団をかぶって2、3日寝込んでしまった。キャンセルは当たり前だ。この非常時にお客さまに「命がけでお越しください」などといえたものではない。客席に降りてお客さまと歌うのも濃厚接触にあたると注意され、自粛の予定だったが、それではすまなかった。

 新型コロナでキャンセルされた仕事は今のところ5つほど。スケジュールは真っ白、顔は真っ青。休日だらけのカレンダーの前で青息吐息。まったくの話、見えない敵とは闘いようがない。

 やいコロナめ、人を殺すなら姿を現せ、卑怯(ひきょう)じゃないか-。私の仕事は人前に姿を見せなければどうにもならない。テレワークだなんて、何言っちゃってるの。ユーチューバーになれってか。倒産、自殺しかねない人が私のまわりにもいる。「つらすぎて気がおかしくなりそう。もうムリ」とメールをくれた友もいる。

 実は9年前、初めて成城ホールでコンサートを開催したのは東日本大震災の15日後、3月26日が初日だった。都内のほとんどの劇場はクローズしていた。舞台監督は宮城・女川のそばにある石巻市民劇場で地震にあって山へ逃げ、車が津波にさらわれた。命からがら生き延びたが、悲惨な光景を目の当たりにして意気消沈。他のスタッフもやる気をなくしていた。

 コンサートを中止にするか、開催するならこの人たちの気持ちをどう引っ張るか。思い悩む私に、二人三脚で芸能活動をしてきた母から「トモ子ちゃん、やめる理由は何なの?」と喝が入る。当時の成城ホール館長からも「劇場にはお客さまを楽しませる使命があるのです。災害時こそ幕を開けてお客さまを喜ばせてください」の言葉をいただき、強く背中を押された。

 結果は大成功だった。あるお客さまは公演後、「今日は幕が開きますか? 私、何回も劇場に電話したのよ。ありがとう、ありがとう」と涙を流された。私も客席に降り、皆さんと大コーラス。私にもまだお客さまを楽しませる力があった。その拍手の音はまだ耳に残っている。

 思えば七十数年前、この国では敗戦のなか、国難と闘う大人たちが疲弊しきっていた。しょんぼりしているおじさん、おばさんを私の映画で元気にしたいと張り切っていた。80本の主演映画に雑誌のモデル、テレビなど、子役の人気スターだった私は、日夜不眠不休でがんばった。あの根拠のない自信はどこからきたのだろう。

 そして今、日本はまた新型コロナ禍という国難に見舞われている。私も9月以降の仕事は入っているが、先行きは不透明。また、私が新型コロナに感染して隔離されたら、99歳、要介護5で自宅にいる母はどうなるのか。私が先に死ぬわけにはいかない。守るべきものがある者は強い…と思う。

 苦しい日々だが、大切な人、家族を守り、生き抜いたら、またみんなで歌いましょう。私もステージに上がれる日まで、準備万端整えてお待ちしています。(寄稿)

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