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【話の肖像画】台湾元総統・陳水扁(69)(25)日本に愛着、友との交流

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総統任期中、親台派の石原慎太郎氏は何度も台湾を訪れた
総統任期中、親台派の石原慎太郎氏は何度も台湾を訪れた

 《1999年4月、前年末の台北市長選に落選した後、総統選挙への出馬準備の一環として、日本を訪問した。日本の与野党の政治家らとの交流を通じて、自らの対日政策を考えるのが目的だった》

 私は台北市長在任中から、日本との関係を重要視していた。どんなに忙しくても必ず時間を作り、訪台した日本の政治家と会うようにしていた。そこで培った人間関係が、後の私の豊富な日本人脈となった。

 訪日したとき、当時の自民党幹事長、森喜朗氏が東京の料亭で歓迎会をやってくれた。「総統に当選したら就任前に日本に来てほしい。この料亭で祝杯を挙げよう」と席上で言ってくれた。総統選は翌年3月で、就任は5月だ。4月に訪日すれば、立場はまだ民間人なので中国から文句を言われる筋合いはないと思った私は、「1年後にここで再会しよう」と森氏と約束を交わした。

 しかし1年後、総統に当選した私が訪日の下準備を始めたところ、日本の小渕恵三首相が病に倒れ、森氏は首相に就任した。友人の栄進を喜ぶと同時に、訪日すれば森氏に迷惑をかけるかもしれないと考え、私の方から辞退した。

 《2000年5月20日の総統就任式に森氏は参加しなかったが、自民党を中心とした大人数の国会議員団を派遣した。当時の東京都知事の石原慎太郎氏も出席した。いささか寂しげな外国来賓の席で、日本勢はひときわ存在感を放っていた》

 私は若いときに石原氏の小説を読んだことがあり、作家として彼を尊敬していた。台湾との関係を重要視する政治家だと知ったときはうれしかった。石原氏は私の就任式に2回とも来てくれた。2回目の就任式で「日本からの観光客はまだ少ない」と相談したところ、「協力する」と申し出てくれた。その半年後、石原氏は約束通り、日本メディアを連れて台湾一周観光列車に乗車した。「海岸線がきれいな宜蘭(ぎらん)周辺を日本の湘南のようなマリンスポーツの拠点にした方がよい」などと提案してくれた。その後に始まった日本人観光客誘致のプロジェクトに、石原氏のアドバイスは大いに役に立った。

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