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【話の肖像画】台湾元総統・陳水扁(69)(23)李登輝氏と私の「台湾愛」

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2018年1月、李登輝氏の自宅を訪ね、12年ぶりの再会を果たした
2018年1月、李登輝氏の自宅を訪ね、12年ぶりの再会を果たした

 《2000年3月の総統選挙で、台湾を50年以上支配した中国国民党は政権を失った。馬英九・台北市長ら国民党内で中国との関係を重視するグループは「敗戦の責任は党主席にある」と李登輝氏を厳しく批判し、一部の国民党支持者は李氏の自宅を包囲して抗議した。追い込まれた李氏は党主席を辞任した》

 李氏の側近だった本土派の党幹部も次々と重要ポストから追われ、国民党の主導権は再び中国から渡ってきた外省人によって握られた。党内抗争の渦中にいた李氏だが、大変な時期にもかかわらず、貴重な時間を割いてていねいに総統の仕事の引き継ぎをしてくれた。

 私は当選してしばらくの間、ほぼ週2回のペースで李氏を訪ねた。毎回約半日、ほぼ李氏が語り、私がメモを取り、2人だけの時間を過ごした。総統就任に伴う書類などの引き継ぎは数時間あれば終わるが、「軍や情報機関との接し方」「米国や日本と付き合う際に気を付けなければならないこと」「中国の脅威に対する心構え」といった書類に書かれていない機微を、李氏は惜しみなく私に教えてくれた。「台湾を良くしてくれ」という李氏の強い気持ちが同時に伝わってきた。

 《翌01年、国民党内の李氏派の議員たちが次々と離党し、新党・台湾団結連盟を結成した。李氏はその精神的指導者となった。国民党執行部は激怒し、李氏の党籍を剥奪した》

 国民党内で李氏が批判される理由の一つは総統選でひそかに民進党候補の私を支援したこととされるが、これは全くのぬれぎぬだ。李氏は選挙中、国民党の連戦氏を全力で応援していた。李氏の巧みなメディア戦術によって、私は随分と苦しめられたのは事実だ。

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