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【書評】小説家・秋山香乃が読む『わかれ縁(えにし)』西條奈加著 江戸の離婚模様描く

『わかれ縁(えにし)』西條奈加著
『わかれ縁(えにし)』西條奈加著

 絵乃の亭主・富次郎は、とにかくひどい男である。「女を食い物にして」、借金を「方々に拵(こしら)え」、「口からは、ひとつの真も吐き出されはしない」。富次郎の借金のため、絵乃はいつも高利貸に付きまとわれ、働き口もそのせいで失ってしまう。

 このままでは借金の形に、「苦界に沈められてもおかしくない」。絵乃は行き詰まった人生を取り戻すために、金づるである女房を手放そうとしない亭主から、なんとかして三行半(みくだりはん)をもらわねばならない。家を飛び出し、7回も離婚を繰り返した桐が女将(おかみ)を務める公事宿(くじやど)「狸穴(まみあな)屋」の手代として再就職する。

 公事宿は、市井の者にはわかりにくい、訴訟に伴う煩雑な書類の提出や手続きを代行する。現代でいえば、司法書士が一番近いだろう。今も昔も訴訟は長丁場となるから、訴人に宿も提供する。中でも「狸穴屋」は離縁を得意とする公事宿。絵乃は自身の離縁を目標に、幾つかの騒動に関わることで家族の形に向き合っていく。

 時代小説の中で、公事宿は人気の題材の一つである。これまで多くの作家が描いてきた。が、公事の中身を離縁に絞り込み、それぞれの夫婦や親子の「表と裏」、「身内だからこそ」の「厄介」さ、「情やら、思いやら、恨みやら、無念やら」を、丁寧に描いたものは他にない。

 本作は、ひとりの女がどん底から再生に向けて立ち上がる物語だ。主人公の絵乃は、平凡で臆病な一面があり、過去にふたをして生きている。くずのような亭主にも溺れていた。それが「狸穴屋」の人々と出会い、ほんの少し背を押され、歯を食いしばる思いで、一歩前に踏み出す。すると少しずつ、色々なことが変わり始める。初めはゆっくりと、徐々に加速しながら変化は続く。物語も終盤に向けてスピード感が増す。最後に絵乃がどう変わるのか、本書の醍醐味(だいごみ)の一つである。

 取り繕ったふたを開け、覚悟を決めて己の根っこと向き合い、自身の手でかたをつける絵乃の勇敢さは、等身大の人物造詣ゆえに、希望をくれる。

 読み終えたら、カバーを外してみてほしい。細部まで行き届いた造りに、さらに得をした気分になるだろう。(文芸春秋・1500円+税)

 評・秋山香乃(小説家)

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