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【書評】文化部編集委員・喜多由浩が読む『台湾を築いた明治の日本人』渡辺利夫著 高い志と情熱注いだ姿

『台湾を築いた明治の日本人』渡辺利夫著
『台湾を築いた明治の日本人』渡辺利夫著

 大学進学率が5割を超え、大衆化が進んだ現在とは違い、帝国大学は9校しかなかった。東京、京都など内地に7校。京城(現韓国ソウル)、台北と外地に2校である。その帝国大学への“パスポート”を持ち、同世代の1%以下という超エリートが通う旧制高校は全部で35校(帝大予科は除く)。外地は、台北、旅順(日本の租借地・関東州)の2校のみだ。

 つまり、日本統治下にあった外地のうち、帝国大学と旧制高校の両方があったのは「台湾」しかない。しかも、台北帝大の創設(昭和3年)は内地の大阪、名古屋よりも早い。清国から「化外(けがい)の地」として事実上、放置されてきた台湾に、近代教育制度を整備し、台湾人にも高等教育が受けられる機会をつくったのは日本である。

 日清戦争の勝利(明治28年)によって日本が領有権を得た台湾は、近代日本が初めて経験する外地経営であった。明治維新から30年弱。その成否は、“遅れてきた”日本が、欧米列強と肩を並べてゆく上での「試金石」とみられた。本書には、高い志とほとばしる熱い情熱を注いで、台湾の近代化に尽くした日本人の姿が描かれている。

 約20年の時間を費やして高収量の「蓬莱(ほうらい)米」を開発した磯永吉(いそえいきち)は、台湾総督府農事試験場、中央研究所などを経て、台北帝大教授に就任。戦後も、中華民国政府に留用され、帰国を果たしたのは昭和32年、71歳になっていた。蓬莱米は後にさらに改良されてアジア全域に導入され、深刻な食糧不足に悩む地域に「緑の革命」を起こす。

 東洋一のダムを建設し、大規模灌漑(かんがい)施設によって、不毛の地を大穀倉地帯に変えた土木技師の八田與一(はったよ)いち)、軍政から民政への変革で、近代化の礎を築いた第4代総督の児玉源太郎と、実質的にその指揮を執った民政局長(後に長官)後藤新平…。彼らサムライたちの尽力によって、インフラが整備され、農業や商工業の振興が図られ、住民の暮らしを豊かに変えてゆく。

 最終章の「英米は台湾統治をどうみたか」が興味深い。英米の一流紙は、多くの困難を抱えていた台湾の統治を成功させた日本を絶賛した。台湾が原点となり、後の満州経営や朝鮮統治にも引き継がれてゆく。(産経新聞出版・1700円+税)

 評・喜多由浩(文化部編集委員)

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