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【話の肖像画】台湾元総統・陳水扁(69)(18)総統選勝利へ入念な準備

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総統選に当選後、閣僚に抜擢した学者出身の蔡英文氏(左)
総統選に当選後、閣僚に抜擢した学者出身の蔡英文氏(左)

 《1998年12月の台北市長選で自身は落選したが、党内外から「2000年の総統選に出馬してほしい」との声が高まった》

 一番感謝しなければならないのは、当時の民進党主席の林義雄氏だ。美麗島(びれいとう)事件の被告である林氏は、政治テロで母親と娘が殺害された被害者でもあった。林氏自身は総統選への出馬を水面下で準備していた。しかし私が台北市長選で落選したことを知ると、真っ先に事務所に駆け付け、「台北市長がダメなら、総統を目指そう」と言ってくれた。「いや、総統はあなたですよ。そのカバン持ちならやります」と応じたが、「総統選に勝てるチャンスがあるのは君だけだ」と林氏はきっぱりと言った。

 林氏はその後、私が総統選に立候補しやすいように党内を取りまとめるなど、いろいろと動いてくれた。翌夏の党大会で、私は正式に民進党公認の総統候補に選ばれた。台北市長として4年間の実績がある私が総統選に出れば、ほかの候補より勝算が少し高いことは確かだが、自分のチャンスを無条件で譲ってくれた林氏の度量の大きさと潔さに感動した。

 《総統候補を選出する前の1999年5月の民進党大会で、「台湾前途決議文」という重要な文章が可決された。そのなかに「台湾はすでに独立した主権国家であり、その名前は中華民国である」という趣旨の一文があった。党綱領に掲げた「台湾共和国樹立」という目標を事実上棚上げし、中華民国体制を容認した》

 総統選のための苦渋の決断だった。中華民国という外来政権を倒して台湾国を造るため、多くの先輩が多大な犠牲を払ってきた。彼らの無念さを思うと胸が痛む。しかし、政治には妥協が必要だ。中華民国の合法性を否定しながら、その総統を目指すことは理屈が通らない。それは96年の総統選で、私たちが政敵に攻撃されたところだった。

 当時は台湾の世論でも、国際情勢でも、すぐに台湾が独立できるという条件は整っていなかった。まずは中華民国の存在を認め、その総統になる。その次のステップとして、住民投票を実施して台湾独立の是非を決めてもらう。それが当時の私たちの思いだった。

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