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【書評】『本を売る技術』矢部潤子著 書店風景、変わって見える

 読書家としても有名だった野球界の巨星、野村克也さんが書店員だったら、売り上げデータをもとに売れ筋と消費者心理を読み、お客さんが棚から本を思わず手に取るような陳列の戦略を立てたのではないか。本書を読みながら思う。

 36年間、書店の店頭に立ち続けた著者は、常に動き回る書店員として業界では有名だったという。そんな彼女が、出版社の営業マンの質問に答えていく形で本書はまとめられている。

 「本屋で働く新しい人たちへの10ヶ条」から始まり、お客さんが通いたくなる売り場づくりへの指南が続く。「平台で語る」「売場を育てる」「棚に意味を持たせる」、果ては「棚に癒してもらう」など、野村語録ならぬ矢部語録が飛び交う。

 極めつきは、私たちが書店で何気なく本を手に取る平積み台の配置法。そこには売れる本、売りたい本の優先順位があり、平台の前で優柔不断に悩む客の足取りまでも考慮されているのがわかる。さながら、ホームベース上のストライクゾーンを9分割してテレビの視聴者に野球の奥深さを教えてくれた野村スコープのようである。

 平台の本の積み方を示した図解はつまり、矢部スコープだ。ちなみに、東京・池袋の大型書店でかつて著者が担当していた理工書コーナーに私も出入りしていた。もしかしたら、私の本棚にある建築書も矢部スコープの餌食となった結果かもしれない。

 本が傷むのを回避する策、取り出しやすく戻しやすい陳列法に加え、ややマニアックに思える技術も登場するが、その背景にある他者への気配りや、物事を効率よく進める知恵などは参考になる。業界は違えど、第一線で活躍してきた達人の言葉には説得力がある。

 紙の書籍を販売する“リアル書店”の苦境は続いており、人件費削減による人手不足など、書店現場へのボヤキも入る。しかし本書の根底にあるのは、本に対する愛であり、仕事への真摯(しんし)な向き合い方であり、次世代の書店員や出版業界に関わる人々に向けたエールだ。本好きの皆さんも、読後に書店に足を踏み入れたなら、いつもの本屋さんの風景がガラリと変わって見えるだろう。(本の雑誌社・1600円+税)

 評・山嵜一也(建築家)

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