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【話の肖像画】台湾元総統・陳水扁(69)(12)民主化へ「衝突、妥協、進歩」

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総統就任後、「国防法」により国家化された軍を視察する
総統就任後、「国防法」により国家化された軍を視察する

 《1989年末の立法院(国会に相当)の選挙で、21人の公認候補が当選した野党・民進党は、長年続いた国民党一党独裁体制の歪(いびつ)さを正し、台湾を普通の国にすることを基本方針にしていた。真っ先に取り組んだのは刑法100条の改正だった》

 刑法100条は「内乱罪」に関する規定だが、その第2項に「犯罪を準備、または陰謀した者」に対する罰則が定められていた。つまり、具体的な犯罪行為がなくても、思うだけで処罰の対象になりうる。

 美麗島(びれいとう)事件など台湾で起きた一連の知識人弾圧事件のほとんどが刑法100条と関連している。この悪法の修正を最優先にしなければならないと考えた。立法院で少数派の私たちが提案しても通らないので、世論を味方につけることにした。知名度の高い学者や医師らを入れた「100行動連盟」を作り、メディアも巻き込んで国民党に圧力をかけ続けた。さまざまな抵抗にあい、約2年半かかったが、1992年5月に刑法修正案が可決された。思想、言論に関する記述が消え、台湾の人々は自由に向けて大きな一歩を踏み出した。

 《立法院改革も民進党議員団が重点的に取り組んだテーマだった。国民党が台湾に来る前に中国各地で選出された立法委員たちが、改選不可能を理由にいつまでも辞めず、事実上の終身議員となっていた》

 この問題について、民進党内では「退職金も払わずすぐに追い出せ」といった強硬意見が多かった。私は国民党にも終身議員に対して不満を持つ人が多いことを知っており、彼らと連携することにした。選挙を経ずに国会に長年居続けることは「憲法違反」と主張して、憲法解釈を求める提案をした。総統の李登輝氏も私たちを支持し、1991年末、終身議員は全員、依願退職の形で引退した。

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