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【話の肖像画】台湾元総統・陳水扁(69)(6)運命を変えた「美麗島事件」

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美麗島事件の弁護団。本人(後列左から3人目)と現在の行政院長の蘇貞昌氏(後列左から5人目)、駐日代表の謝長廷氏(後列左から6人目)ら
美麗島事件の弁護団。本人(後列左から3人目)と現在の行政院長の蘇貞昌氏(後列左から5人目)、駐日代表の謝長廷氏(後列左から6人目)ら

 《1979年暮れ、台湾南部の高雄市で「美麗島(びれいとう)事件」と呼ばれる言論弾圧事件が起きた。民主化活動家、黄信介(こう・しんかい)氏らが主導する雑誌「美麗島」の編集部が同年12月10日の世界人権デーに合わせて主催したデモ活動が警察隊と衝突。これをきっかけに雑誌関係者は次々と治安当局によって反乱容疑で逮捕された》

 弁護士業務は当時、軌道に乗っており、4歳の長女に続き、その年に長男も生まれた。仕事も家庭も順風満帆だった。美麗島事件をニュースで知り、逮捕者の中に私が尊敬する黄氏のほか、よく知る林義雄氏と姚嘉文氏もいた。「彼らは反乱を起こすような人ではない」と思い、事件の理不尽さに怒りを覚えたが、自分に何かができるとは考えなかった。翌年2月、民主化活動家らに近い関係者から電話がかかってきた。「美麗島事件の裁判は間もなく始まるが弁護士が足りない。あなたはやらないか」と聞いてきた。特に主犯格の黄氏の弁護士に成り手がいないという。私のことを信用して声をかけてくれたことは素直にうれしかったが、刑事事件の弁護の経験がまったくない私には責任が重すぎる。同時に、引き受ければ本業の仕事に必ず影響が出ることも知っていた。真剣に悩んだ。

 《いろんな人に相談したが、反対意見ばかりだった。大学の恩師からは「そんなことをしたら政府を敵に回すことになる。触るな」といわれた》

 最後に背中を押してくれたのは妻だった。「あなたは内心でその人たちは無罪だと思っているなら引き受けた方がよい。ここで逃げたら、弁護士を続けても意味がない」という言葉で決心した。しかし、黄氏の弁護を引き受けたことの影響は想像以上に大きかった。治安当局から「敏感人物」としてマークされ、顧問をしていた会社に次々と契約を打ち切られた。事件の弁護士は全部で15人。全員が当局からさまざまな嫌がらせを受けた。その後、私と同様、政治の世界に入った人も少なくない。日本の京都大学大学院出身の謝長廷氏は私が総統になった後、行政院長(首相)を引き受けてくれた。今の駐日代表を務めている。蘇貞昌氏は現在、蔡英文政権の行政院長として新型コロナウイルス対策などで活躍中だ。

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