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【話の肖像画】台湾元総統・陳水扁(69)(5)弁護士で大成功、迷った米留学

弁護士時代。100社以上の顧問を引き受けるなど順風満帆だった
弁護士時代。100社以上の顧問を引き受けるなど順風満帆だった

 《大学4年生のとき、学校に通いながら恩師の紹介で台北市内にある法律事務所に入り、見習い弁護士として社会への第一歩を踏み出した》

 当時、台湾の高度経済成長が始まったばかりで、台湾企業と関連する海外貿易トラブルが急増した。しかし、外国と絡むケースの弁護を担当すると、英語の資料をたくさん読まなければならないため、ほかの弁護士はやりたがらない。ならば私がやってみようと率先して引き受けた。英語の辞書を片手に資料を読み、外国の法律を調べる生活が始まった。最初は難しかったが、コツを覚えると、それほど複雑ではないケースが多いことに気づいた。見習い弁護士ながら法廷にも立った。若すぎるとの理由で敬遠されることもあったが、海外貿易に詳しい弁護士が少ないので、仕事が徐々に増えていった。

 約2年後、私は独立した。当時創業したばかりで後に台湾を代表する海運会社「エバーグリーン」の代理人として、ドイツの大手商社と争った裁判で勝利したことで私の知名度は一気に高まった。海外に進出する企業から「顧問になってほしい」との依頼が殺到し、最大で100社以上を引き受けた。最も成功した若手弁護士といわれるようになった。「新しいことを率先してやれば意外とうまくいく」。弁護士時代に学んだことがその後、政治の世界でも役に立った。

 《弁護士である程度の経験を積んだら、妻と一緒に米国留学にいくつもりだった。しかし、さまざまな事情でかなわなかった》

 独立してから数年で、両親の借金を完済した。妻の父も私を徐々に受け入れてくれるようになり、「費用を全部出すから夫婦でアメリカに留学したら」と提案してくれた。米国留学は妻の学生時代の夢だった。

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