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【書評】『絵はがきの時代 増補新版』細馬宏通著 世に埋もれた深奥な世界

 個人情報やプライバシーの保護に誰もが敏感な時代に、はがきは何とも無防備な通信手段だ。本書によれば、19世紀半ばにはがきという手紙のスタイルが初めて登場したとき、内容を他者に読まれる危惧にもかかわらず各国のはがき需要は大きく、洋の東西を問わず「人々はむき出しのメッセージを送る制度を進んで利用した」という。

 しかも、絵はがきに印刷されている風景写真の一部に差出人が印をつけて、「自分はここにいます」と書き添えた痕跡を、著者は19世紀末のパリや大正時代の上野・不忍池の絵はがきから見つけ出している。精緻な写真や写実的なスケッチによる絵はがきの投函(とうかん)は、差出人の心をより開放的にするのだろうか。

 本書には著者が所蔵する世界各地、各時代の絵はがきが豊富に掲載されている。著者はそれらを単なるカタログ的な鑑賞に供するにとどまらず、そこに手を加えた差出人の意図、あるいは映し出された情景の持つ意味を、実証的に探ろうとする。

 カラー写真がなかった時代、手作業で着色した手彩色絵はがきというものがあった。だが、その色彩が必ずしも現実の色を正確に反映していないことを、本書は「二つを比べてみると、着物の色がまったく異なっている」同じ写真を並べて立証している。評者はこれまで、彩色絵はがきをモノクロ写真時代の貴重な色の資料と考えていたが、妄信してはいけないことを思い知らされた。

 絵はがきが、旅の記念行為以外の機能を持っていたという分析も興味深い。洪水で街が水浸しになっている場面が絵はがきとして販売されていたのは、新聞よりも写真絵はがきの方がはるかに鮮明で、かつ「災害時にあっても絵はがきは週刊誌なみの速さを備えて」配達されたからだという。災害の発生日と消印の日付が、その速報性を確かに示している。

 かように150年の歴史を持つ絵はがきは、新聞や書籍に匹敵する人々の生活史の証人でもあるのだ。だが、私信となった絵はがきが公的に永久保存される仕組みはない。ゆえに、未知の絵はがきはまだまだ世に埋もれているだろう。本書は、そんな深奥な世界をわかりやすくのぞかせてくれる好著である。(青土社・2400円+税)

 評・小牟田哲彦(作家)

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