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【書評】『パンと牢獄 チベット政治犯ドゥンドゥップと妻の亡命ノート』

 ■少数民族抑圧の記録

 北京五輪を控えた2008年3月、ラサ(中国チベット自治区)で起きたチベット人の暴動は、またたく間にチベット全土に広がった。

 この直前、ドゥンドゥップ・ワンチェンという名のチベット人が挙動不審を理由に拘束された。ドゥンドゥップは各地でチベット人の証言を録画しており、彼の撮影したフィルムはスイスに持ち出され、「恐怖を乗り越えて」という約25分のドキュメンタリーへと編集された。

 映像の中では、僧や遊牧民などあらゆる階層のチベット人が、あえて顔をさらして、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世の帰還を切望し、民族が消滅する絶望を訴えていた。命をかけた告発に国際社会はチベット蜂起の理由を理解した。

 撮影者であるドゥンドゥップは中国政府により6年の刑期が宣告され、14年に釈放された後も公安の監視下に置かれた。17年、彼は国外脱出に成功し、米サンフランシスコに移住した妻子と再会した。本書はドキュメンタリー作家の著者が、ドゥンドゥップの逮捕から家族と再会するまでの軌跡を本人とその妻、ラモ・ツォの証言から再構成したものである。

 夫の逮捕後、ラモ・ツォは7人の家族(子供4人と義父母と姪(めい))の生計を支えることになった。中国統治下のチベットに育ったラモ・ツォは読み書きができず、できる仕事は限られている。彼女は午前2時に起床しパンを焼き、バス停に一日座り、パンを売って生活費を稼いだ。本書の題名『パンと牢獄(ろうごく)』とは、政治犯の夫と残された妻の生活を象徴的に示している。

 12年、ラモ・ツォはサンフランシスコへの移住を決行し、チベット支援者の家で家政婦として働きながら、夫の釈放を待った。チベット難民というとかわいそうなイメージで括(くく)られがちであるが、本書は欧米各地でグローバルに展開するチベット難民社会の動態や個々のチベット人のたくましさを伝えてくれる。

 また、釈放後のドゥンドゥップへのインタビューは、個人情報をすべて手にした中国の公安による取り調べ、当局側の弁護士しかつかない裁判などの詳細が語られ、中国の少数民族に対する抑圧の記録としても貴重である。(小川真利枝著/集英社クリエイティブ・1500円+税)

 評・石濱裕美子(早稲田大教授)

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