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【書評】『酒場の京都学』加藤政洋著 過ぎし日をハシゴ酒気分

 子供のころ住んだ地方の町に、通称「親不孝通り」という飲み屋街があった。“一寸(ちょっと)一杯”からとったのだろうが、「一寸一」という居酒屋や紫のネオンのバーなどが軒をつらねていた。なるほど、こんな通りに夜な夜な通えば、いずれ親を困らせることになる。そう思いながらも、成人したら紅灯の巷に出入りしてみたいものと思ってしまった。

 そのせいもあってか、京都での大学生時代に左党入りした。卒業後、京都を離れたが、中年から勤務地が京都になる。しかし再び京都を離れ、そこから15年たった。だから、本書に出てくる、昼から飲める「居酒屋たつみ」、ホルモンの「安さん」、老舗バー「サンボア」、コンパの場だった「河道屋」、料亭「瓢亭」など、旧友に再会したようになつかしい。

 といっても、最近よくある酒場歩き本とは似て非なるもの。京都をフィールドに、酒場の祖型や風景、そして飲み屋街の誕生とブランド(場所イメージ)化をたどる文化誌だからだ。

 江戸ではその後期には気軽に一杯やれる居酒屋が発達していた。しかし、京都にそういう居酒屋ができたのはかなり遅い。京都の酒場は寺社の門前や名所に建った江戸時代の茶屋からはじまる。明治になると各種料理屋が酒場となるが、まだ敷居が高かった。京都に一枚板のテーブルと樽(たる)の腰掛けの縄暖簾(のれん)(居酒屋)が登場するのは大正期のようだ。

 大正末から昭和初期になると、カフェも多くなる。『「いき」の構造』の著者で祇園に入り浸り、講義も祇園から出かけたという九鬼周造は、千本丸太町界隈(かいわい)のカフェにも出没していた。女給さんが注文を取りにくると、「ぼく、クッキー(九鬼)」と駄洒落て悦に入っていた、と本書にある。

 この逸話は一例だが、かつてのグルメ雑誌や案内本などをもとに花街や裏町が臨場感たっぷりに描かれ、過ぎし日の京都をハシゴ酒をしているような気分になる。そんなタイムスリップが楽しい。第5章末には、かつて竹久夢二が歩き、今は人気スポットである「柳小路」にまつわる歴史ミステリーがそえられている。その謎解きの鮮やかさにも舌を巻いてしまった。(ミネルヴァ書房・2500円+税)

評・竹内洋(京都大学名誉教授)

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