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【話の肖像画】ラグビー日本代表・田中史朗(35)(7)トニー・ブラウンとの出会い

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相手選手に激しくタックルする三洋電機のトニー・ブラウン(右)。元ニュージーランド代表で、社会人時代に最も影響を受けた =平成20年2月
相手選手に激しくタックルする三洋電機のトニー・ブラウン(右)。元ニュージーランド代表で、社会人時代に最も影響を受けた =平成20年2月

 《三洋電機に入社後、ラグビーに専念するためにプロ契約に変更した。プロ選手としての生活が始まったのは平成19(2007)年度シーズンのことだった》

 朝起きて、ウエートトレーニングをしてから練習をして、昼食を食べて1、2時間寝て、また練習し、夕飯を食べて家に帰る。そんな日々を重ねていましたが、本当にラグビーのことだけ考えていました。

 《ラグビー人生を左右する出会いがあった。チームを支えていた元ニュージーランド(NZ)代表スタンドオフ、トニー・ブラウンだ。自身はスクラムハーフ(SH)でポジションが近く、激しい防御で鳴らしたこの一流の司令塔には徹底的に鍛えられた》

 社会人になって影響を受けたのは、トニー・ブラウンですね。練習ではずっと怒られていました。最も印象に残っているのは「お前が逃げたら他の人間がカバーしなければいけない。でも、お前が相手の足にしがみついていれば、誰かがサポートしてくれる。怖くても小さくても、タックルにはしっかり入れ」と言われたことです。当時、チームには僕と同じSHに攻撃の神様のような先輩がいたのですが、僕は防御にはいけていたので、トニーが僕を選んでくれ、成長することができました。

 《チームはそのシーズン、トップリーグのリーグ戦を全勝で終え、プレーオフで敗れたものの、日本選手権で初の単独優勝を果たした。自身はトップリーグの新人王に輝き、同時に日本代表への扉を開いた》

 2008年4月に初めて日本代表に選ばれたときはうれしかったです。でも周りの人たちに「代表にいってきます」と言っても、「ああそう、頑張って」という感じで大したことと受け止められていなかったことがさびしかった。日本代表に重みがなく、ショックはありました。

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