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【負けるもんか】混乱する心、制御すれば道開く 親の介護、乳がん…同時に襲われた大穂その井さん

病気と介護について、自身の体験を語る大穂その井さん=東京都内
病気と介護について、自身の体験を語る大穂その井さん=東京都内

 親の介護と病魔に同時に襲われたら-。急速な高齢化が進む日本で、それは誰の身にも起こりうる。ビジネスアドバイザーの大穂(おおほ)その井さん(57)も予期せぬ出来事に見舞われた。

 30代の頃、セキュリティー関連のITベンチャーを立ち上げた。一時は数億円を売り上げるまでに成長したが、経営が傾き始めると崩れるのは早かった。再起を果たしたのは約7年前、50代で企業支援の会社を設立。一人でかじを取る小さな会社だったが、人と人をつなぐ仕事にやりがいを感じながら、国内外を行き来する日々を送っていた。

 異変が起きたのは、起業から約2年がたった頃。就寝時、左胸に痛みを感じ、乳がんを宣告された。リンパ節にも転移していた。

 仕事を続けながらの闘病を決めたが、体の自由がきかなくなった。抗がん剤治療で髪は全て抜け落ち、体重は10キロ以上減った。外出には2本のつえが必要になった。左乳房の全摘出手術を受けたものの、数年後には乳がんを再発した。

 同居する90代の父、利武(としたけ)さんが脳梗塞で倒れ、寝たきりとなったのは、そんな最中だった。

■ ■ ■

 利武さんは退院後、在宅介護を希望した。だが母、孝子さんも80代と高齢。自身も体に痛みが走ったり、薬の副作用から動くことすらできない日も珍しくなかった。「病気を抱えながら、在宅介護は無理だ」。相談した病院関係者からは大反対された。

 父を施設に入れることも考えたが、最低でも月25万~30万円が必要で、とても父親の年金では賄いきれない。仕事がほとんどできない中、自身の治療費も捻出しなければならず、在宅介護の決断を迫られた。

 窮地は続いた。父を迎え入れて間もなく、介護に疲れ果てた母が突如、文字を書けなくなり、認知症と診断された。不安と恐怖が隣り合わせの闘病生活の中でも冷静さを保ち、前に進まなければならなかった。

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