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【話の肖像画】弁護士・北村晴男(63)(4)高校野球で得た「信念」

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県立長野高校野球部でバッティング練習に没頭する。練習は毎日午後8時まで続いた
県立長野高校野球部でバッティング練習に没頭する。練習は毎日午後8時まで続いた

 《2年生の夏は長野県地方大会初戦敗退に終わった。その悔しさをばねに猛練習の末、最後の夏に臨んだ》

 もっと良い準備をすれば勝てたはず、という気持ちで1年間過ごしました。初戦(2回戦)でサヨナラ逆転打を左翼線に放ち、チームに勢いがつきました。3回戦では、七回に走者一掃の二塁打を左中間に放ち、死ぬほどうれしかった。天にも昇る気持ちです。2つ目の成功体験で自信もつきました。4回戦を快勝して迎えた準々決勝。相手は県大会前の練習試合で完勝していた長野工業高校でした。「ここは楽勝。次は丸子実業(現・丸子修学館)だ」と、準決勝に心が飛んでいました。丸子実業の選手たちの打球の方向から性格まで全部頭に入れていたほどです。チーム全体に油断があったのです。その試合で私は2本ヒットを打ち、チームは先制しましたが、途中で逆転されました。最大の失敗は2点を追う場面で迎えた九回の打席です。8番バッターが四球で出塁して無死一塁。9番打者は2ストライク、3ボールのフルカウント。最後の1球はどうみてもボール球でした。

 《次の瞬間、球審は「ストライク、バッターアウト」と宣告した。その光景が今も目に焼き付いて離れない。なぜ、あれがストライクなのか。頭を整理できないままバッターボックスに入った》

 明らかに冷静さを欠いていました。あの時、頭を整理できないまま打ったボールはセンターライナー。ツーアウトとなり、結果的に好機を逃してしまいました。もう1回頭を整理して、冷静に考える時間は十分にあったのです。あの場面では、自分が右中間に三塁打を放って1死三塁の同点機を作るという明確なイメージを持って打席に入るべきだったのです。なぜあの時、そういう考え方ができなかったのか。高校野球は負けたら終わりです。それから10年間、あの場面を何度も夢に見ました。「変わらぬ信念を持て」。恩師の広岡信三監督(当時)から言われた言葉です。負けた後、広岡監督からは「人生の甲子園に行け」と言われました。高校時代に打ち込んだ野球は私の原点です。

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