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【ビブリオエッセー】魂の故郷を探す無頼漢 「月と六ペンス」サマセット・モーム

 ふと望郷の念にかられることはないですか。よほど嫌な記憶がない限り、大多数の人はあると答えるのではないでしょうか。しかし、私が言いたいのはいわゆる古里ではなく、故郷にいてもなお思い焦がれる故郷です。私の場合はまっすぐな針葉樹が乳白色の空に伸び、どことなく憂鬱に光を反射させた真っ白な雪が一面に広がる森。でも実際にそんな場所へ行ったことはないのです。皆さんにもそういう場所はありませんか。

 この本に描かれた男、チャールズ・ストリックランドもそういう場所を漠然と思い続けていました。男のモデルは画家ゴーギャンです。語り手の若き作家の目を通して語られる男の人生は、時に読者を不快にさせます。それでも読者はこの男の姿に聖地へ赴く巡礼者のような敬虔(けいけん)さを見るのです。自己も他者も犠牲にして、魂を曝け出す男を憎めないのです。

 この作品に出会ったのは中学生時代。その頃、私は様々な人間を同じ年齢という共通点だけで闇雲に詰め込んだ教室という場所が恐ろしく、学校に行けなくなってしまいました。単に私の社会性とか協調性と呼ばれる代物がお粗末だったのかもしれませんが、この小説の、他人の評価や富や名声にまったく関心のない無頼漢の姿に本当の豊かさを感じたのです。

 この世には様々な人間がいて、様々な人生があると思います。もしかすると人生は無意味かもしれません。だからこそ豊かな気持ちで生きたいのです。どこかにあるかもしれない、魂の故郷を探して。

大阪府門真市 甘橙(あまだいだい)19

 【ビブリオ・エッセー募集要項】本に関するエッセーを募集しています。応募作品のなかから、産経新聞スタッフが選定し、月~土曜日の夕刊1面に掲載しています。どうか「あなたの一冊」を教えてください。

 投稿はペンネーム可。600字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556-8661産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本、漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。

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