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母親を遠距離介護、要介護4から1に 柴田理恵さん 寝たきりから半年で一人暮らし再開

母親の遠距離介護を語る柴田理恵さん(三尾郁恵撮影)
母親の遠距離介護を語る柴田理恵さん(三尾郁恵撮影)

 女優としてテレビや舞台で活躍する柴田理恵さん(60)。2年以上前から富山に住む母親の須美子さん(90)の“遠距離介護”を続けてきた。時間を見つけて実家に戻り、励まし続けた結果、須美子さんは半年で「要介護4」の認定から「1」まで下がり、一人暮らしを再開した。そこまで遠距離介護を支えたものは何だったのか。今日と明日26日の2回に分けて紹介する。(油原聡子)

 「お年寄りはほんのちょっとのきっかけで一気に悪くなるって聞いてはいましたが、自分の母がそうなるなんて本当にびっくりしたし、ショックでした」

 柴田さんは、こう振り返る。柴田さんの父親が亡くなった後、富山で一人暮らしをしていた須美子さんが体調を崩したのは、平成29年10月のことだった。

 入院の知らせを受け、東京から駆けつけると、病院のベッドに横たわっていたのは、見たことのないほど弱り切った母親の姿。

 「お母さん、お母さん」と呼びかけると、力なく「ああ、理恵か」と答えた。保育園や幼稚園でお茶を教え、ご近所づきあいを楽しみ、お酒を嗜(たしな)んでいた須美子さん。気が強くて、いつもパワフルだった須美子さんからは想像できない姿だった。

 きっかけは急な高熱。風邪を疑って入院すると、腎臓に細菌が感染する腎盂(じんう)炎を発症していた。さらに、敗血症も起こしていた。

 高熱で意識がもうろうとして、寝たきりの状態となった須美子さんは「要介護4」の認定を受けた。介護なしには日常生活を営むのが困難で、上から2番目に高い介護レベルだ。

仕事はセーブしない

 一人っ子で生活拠点を東京に置く柴田さんが選択したのは遠距離介護だった。当初は週に1回程度、富山を訪れて、須美子さんに会いに行った。日頃から様子を見てくれていた親族の協力のもと、医療関係者と連絡を取り、治療を進めた。

 それには理由があった。「介護のために仕事をセーブするのは、母が一番、嫌がること」だと考えたからだ。

 何よりも仕事が大事だという生き方を見せてくれたのは、亡くなった父親と須美子さんだった。

 「母は小学校教員でした。仕事は責任もあるし、いちばんおもしろいことだと伝えられてきた。お互いの生きている環境を邪魔しあうのはよくないような気がして」

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