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【書評】『ショパンゾンビ・コンテスタント』町屋良平著

『ショパンゾンビ・コンテスタント』町屋良平著(新潮社・1450円+税)
『ショパンゾンビ・コンテスタント』町屋良平著(新潮社・1450円+税)

 ■夢と現実の接点探す人へ

 芸大に通う学生の奇矯さをテーマにした本が最近話題になったが、あれは美術系の方で、音楽系には常識的な人間たちが集まる。クラシック音楽の演奏家になるためには、奇抜な自由演技よりも規定演技が求められるからだ。

 だから競争もわかりやすい。どうすればいいのかわからないままもがきつづける美術系と違い、音楽は学生たち自身にも優劣が目に見えてわかる。演奏家として生きていけるかどうかが早い段階でわかってくる。

 主人公はそうした競争に耐えられなくなり、せっかく入った音大をすぐに中退してしまう。となると、高校までずっとピアノ漬けだった彼に残されたものはなにもない。無理してグランドピアノを買ってくれた家族の視線も痛く、彼は家を出る。唯一、音大でできた友人だけが優しく、自分の彼女が働いているファミレスをとりあえずのバイト先として紹介してくれる。

 主人公は、ピアニストとしての才能も持つ友人を大切に思いつつも、その彼女のことも好きになってしまう。彼女もその気持ちを知りつつ、強く拒みはしない。奇妙な三角関係。

 主人公は、友人に勧められるがまま、なぜか小説を書く。1作目は新人賞の2次選考まで残った。2作目は友人を主人公に書こうとする。小説世界というパラレルワールドが日常世界と交錯する。あるいは夢と現実とが。そのとき現実は夢に比べて当然のごとく無残ではあるが、しかし、主人公にとっては夢を書くことが現実を支えるものとなっている。

 そしてことによると、書くことは現実そのものを変えるかもしれない。ピアニストは無理でも、小説家となることによって-そしてそれもまた夢に終わるかもしれない。小説家を目指すということは、規定演技ではなく、自由演技で勝負するということだ。こちらの競争もまた、曖昧模糊(もこ)としている分だけ苦しくもあろう。

 ただし、主人公も友人も、決してその競争の苦しみに打ちひしがれはしない。たとえゾンビとなっても生き続ける。高校時代に音大受験を諦め文学部に進んだ私には特別身に染みたが、夢と現実の接点を探すすべての人に染みるだろう一冊。(新潮社・1450円+税)

 評・伊藤氏貴(文芸評論家)

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