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成長する亡き命と生きる 痛切な思い静謐に 小川洋子さん新刊『小箱』

着想から完成まで約6年かかった書き下ろし長編。「書きたいものと出会った瞬間が一番楽しい」と話す(佐藤徳昭撮影)
着想から完成まで約6年かかった書き下ろし長編。「書きたいものと出会った瞬間が一番楽しい」と話す(佐藤徳昭撮影)

 「悲しみを通ってしかたどりつけない、ささやかな慰みもある」。作家、小川洋子さん(57)の新刊『小箱』(朝日新聞出版)はそんな思いから紡ぎ出された。亡くなった最愛のわが子の魂とともに生きる親たちの姿を静謐(せいひつ)に描いた長編小説は、大きな喪失感を和らげる物語の力をやさしくうたい上げる。

 語り手の「私」が暮らすのは、机も部屋も何もかもが小振りにできた昔の幼稚園。元気な子供の姿はないけれど、講堂にはガラスの小箱が並んでいる。子供を亡くした親が訪ねてきてはお菓子や漢字ドリル、酒といった、亡きわが子の“成長”に見合う品々を小箱に納め続けているのだ。遺品で作った楽器を風にそよがせる音楽会。思い出の詰まったペンダントを胸に下げて園庭の遊具で遊ぶクリーニング店の奥さん…。死は終わりではない。亡き命の未来を想像し、ともに生きていく大人たちの痛切な姿が紡がれる。

 亡くなった子供が死後に結婚できるように、婚礼の様子を描いて寺に奉納する-。そんな「ムカサリ絵馬」の風習に興味を持ち、6年ほど前に東北地方の寺を取材したのが出発点だったという。寺には絵馬のほかに今作のように花嫁・花婿人形を納めたガラスケースもあった。「どれもお葬式の白黒のイメージではなくてすごく華やか。不思議な居心地の良さを感じた」と小川さんは振り返る。

 「死んだ子がいつまでも現世とつながりを持ち、結婚して一人前になってほしいと願う。とても奥行きのある悲しみで、親の愛はそこまで届くんですよね」

 それぞれに「物語」を作って生きていく残された者たちの悲痛な心情を、小川さんらしい小さきものを慈しむ視線が包む。「私」が日々励むのは、歌でしか会話できない元学芸員・バリトンさんの恋人の愛が詰まった極小文字の手紙を解読すること。遺品でできた楽器は小さくもかけがえのない音を奏でるし、「私」の従姉(いとこ)は交通事故で死んだ息子が生前歩いた道しか通らない引き算のような生を大事に生きる。

 「思い出を小さな結晶になるくらいまで凝縮させていく。放っておいたら、そのまま消滅していくような感じで。でもそれは特別なことじゃなくて、どんな人間も国も街も消滅していく途中にある。消滅の途中にあるもの、死者にしか運べない喜びや幸せというものがあって、それが残された者の生きる支えにもなる」

 昨年、デビューから30年を迎えた。自分の根幹にある切実な何かを掘り続けている。「作家にとって何度も焼き直す意味があるのなら同じことを繰り返し書いてもいいと今なら思える」

 人間同士の交流の形もそう。これまで数式やチェスといった道具立てを用いてきたように、今作の人々も歌声や楽器の音色といった言葉以外のもので互いに通じ合おうとする。

 「人と人が言葉で情報をやり取りして深くつながり合う、という例は実は現実社会でもそんなにないと思う。言葉以外に引っかかるものがないと、人物の関係は書けない気がしていつも探している」。心の奥底からにじみ出るような痛切さと論理を超越したのびやかな幻想性が両立する作風のゆえんかもしれない。

 「やっぱり、理屈を突き抜けたところに人間の真の自由がある。だからみんなね、小説を読むわけですもんね」(海老沢類)

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