PR

ライフ ライフ

【話の肖像画】星野リゾート代表・星野佳路(59)(7)「良い経営者」へ実践

前のニュース

社長に就任した平成3年ごろ
社長に就任した平成3年ごろ

 〈半年で解雇された実家の老舗温泉旅館に復職し、4代目社長となった。米国でホテル経営を学んだ31歳の若き社長は、自分の考える理想の経営と実家の状況をどう見たのだろうか〉

 自分が目指していた良い経営者像と実家の状態はあまりにもギャップがありました。それで私の解雇など一連の問題が起こってしまうわけですが、私が社長に就任することになった平成3年は、理想の経営者を純粋に目指せる環境が整った年でもありました。

 当時31歳でしたが、会社が立ち行かなくなろうが何をしようが、自分自身にはあまりリスクがないと捉えていました。自分のお金で投資したわけではありませんでしたから。単にそこに生まれ育っただけの話で、成り行きです。

 大学院で自分が勉強してきたことは、良い経営者とはどうあるべきかということだけでした。帰国した当時、学んだことをいよいよ実践して、さんざんやって経営が立ち行かないのであれば、その会社はつぶれることになりますが、それはそれでよいのではないかというぐらいの勢いで物事を考えていました。一回解雇されてから社長に就任しましたから、同族株主の特権化は全部廃止、支払いは透明化、業者の見積もりも全部取り直し、というようにね。そういう感じで、ばしばしやり始めたのです。

 〈若い社長の英断に、当時の社員たちは付いてきたのだろうか〉

 社員は辞め始めました。最初の1年ぐらいで、マネジャーの3分の1ぐらいは辞めたのではないかな。働く人がいなくなってしまって、リクルーティング(採用活動)をしても急には人は来てくれませんから、仕方なく、まずは社名変更です。当時は「株式会社星野温泉」という名前でしたが、この名前で求人広告を出しても誰も応募してくれない。漢字四文字だと「星野温泉というところに就職しよう」と、大卒者は思わなかったのでしょうね。それで「星野リゾート」と社名を変えました。変えたからといって急に増えたわけではないですが。ただ、少しはプラスになったかなとは思います。

続きを読む

関連トピックス

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ