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【書評】『大学の問題 問題の大学』竹内洋、佐藤優著

 ■「鬼才と碩学」の教育論

 大学問題は教育問題と同じで誰もが一家言もち、しかも的を外す。「大学生は遊んでばかり」「学問は社会の役に立っていない」という批判は人口に膾炙(かいしゃ)しているが、その根拠はたいして勉強してこなかった自分の狭い経験だったりする。だが、政策形成に影響力をもつ指導者層や、わが子の教育方針に責任をもつ親がそれでは困る。

 「今の大学はどうなっているのか、どう考えたらよいか」。こうした問いなら昔からあるが、巷(ちまた)に溢(あふ)れているのは「これから入試はどう変わる?」とか「AIに負けない教育とは?」など変化に即応して先行者に追いつく方法を伝授するものばかり。この構図に刻印された決定的な「遅れ」は解消されないから、新奇の情報が出るたびに振り回されることになる。

 本書が凡百の教育対談と一線を画すのは、まさにこれらの点においてである。元外務省主任分析官の経歴をもつ佐藤優と教育社会学の第一人者の竹内洋(帯文のとおり「鬼才と碩学(せきがく)」)、異なる世界で生きてきた2人の接点は「教養」、すなわち知を重んじる態度であるが、知の働きは対話者を得て自由度を増す。佐藤が個別の経験や事例を掘り下げて含意を引っ張り出してくれば、竹内がすかさず別の文脈に置き直して異なる含意をかぶせてくる、という具合だ。

 攻守所を変えながら縦横に展開していく対話は刺激的であるが、ところどころ両者の教育観が一致する瞬間にハッとさせられる。例えばお金の話題から始まる最終章。読者は「誰が教育費を負担すべきか」「財源をどうやりくりするか」という資源をめぐる争いを思い浮かべるはずだが、対話は想定の斜め上に跳躍する。京都の商家における子弟の祇園通いへの投資(竹内)や必要な本を学生に自ら買い与える(佐藤)といった豪儀な挿話から、「子孫への贈り物」という教育観に着地する。贈り物といっても私たちがゼロから自前で用意するのではない。上の世代からすでに受け取っているものに気づくこと。それを「少しでもよくして」次世代に渡していくことなのだ。

 不安を煽(あお)り、勝ち抜けを勧める巷の教育論に馴染(なじ)んできた者には大いに活が入ること間違いなしである。(時事通信社・1500円+税)

 評・井上義和(帝京大准教授)

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