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【THE INTERVIEW】日本フェンシング協会会長・太田雄貴さん

「40年、50年後もずっと“わくわく”を追求したい」と話す太田雄貴さん(納冨康撮影)
「40年、50年後もずっと“わくわく”を追求したい」と話す太田雄貴さん(納冨康撮影)
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 □『CHANGE 僕たちは変われる 日本フェンシング協会が実行した変革のための25のアイデア』(文藝春秋・1200円+税)

 ■「突け、心を。」アイデア実行 「攻め」の運営、スポーツ界で存在感

 今、フェンシング界が数々のユニークな施策で注目を浴びているのをご存じだろうか。

 今年4月には世界選手権の日本代表選考基準に、英語の試験成績を導入することを発表。先月、東京の「LINE CUBE SHIBUYA」(渋谷公会堂)で行われた全日本選手権では、2日間計約3200人の観客が、モニターに表示される剣先の軌道映像や、選手の心拍数にくぎ付けになった。

 その中心で陣頭指揮を執っているのが太田雄貴さんだ。日本フェンシング史上初の五輪メダリストとして知られるが、今は34歳の若さで、日本フェンシング協会の会長を務める。持ち前の分析力と、失敗を恐れない実行力で、次々に変革を進める手腕には、まさに感服の一言だ。

 「アスリート出身だからすごいって言われてる側面はあると思います。だって、これがハーバードでMBA取得…なんて人だと普通になっちゃうでしょ」

 そう笑って謙遜しながらも、立て板に水のごとく、アイデアについて語る姿を見ると、本気でフェンシングの未来に向き合っていることが伝わってくる。そして、何とも楽しそうなのだ。

 本書には会長就任後の2年間で行ったさまざまな変革と、その紆余(うよ)曲折をまとめた。スポーツの普及と発展のヒントとなるだけでなく、一般のビジネスマンにとっても、参考になるアイデアが満載となっている。

 フェンシングを始めたのは小学校3年生の時。フェンシングの経験者だった父親の「スーパーファミコンを買ってあげるから」という誘いに釣られ、練習の日々が始まった。北京五輪は個人、ロンドン五輪は団体で銀メダルという快挙を達成したが、心境は複雑だった。

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