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【親愛なるゴッホへ】(3)「糸杉」と格闘 命の尊さ知る 俳優・彫刻家 片桐仁さん

フィンセント・ファン・ゴッホ 《糸杉》 1889年6月 メトロポリタン美術館Image copyright (c) The Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY
フィンセント・ファン・ゴッホ 《糸杉》 1889年6月 メトロポリタン美術館Image copyright (c) The Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY

 上野の森美術館でゴッホの「糸杉」を見た。思えば、父に連れられて初めて行った美術館もゴッホ展。場所も上野。ゴッホも何も知らない小学6年生の自分にとって、大勢の大人が絵に群がっている光景が衝撃だった。人混みをかき分け、最前列で見たその絵の強烈なエネルギーに、さらに衝撃を受けた。ぶ厚くうごめくような絵肌。そして37歳で自殺してしまったという画家の生涯も含めて、ロックスターのように憧れた。

 あれから34年。果たしてそこにあった糸杉は、思ったより大きく、ぶ厚く、近くに行って見ると、もう何だかよく分からない。見ている自分がそのうねりにのみ込まれていくような気がして、恐ろしかった。達人の域に達していると思える他の風景画とは、何かが違う。ゴッホは何故(なぜ)、糸杉を描いたのか?

 後日、その糸杉を模写することになり、何が何だか分からないままキャンバスの上で格闘が始まった。ゴッホは基本的に作品を1日で仕上げていたというが、どうやってもあの厚みに到達しない。絵の具を乗せる、乾く前にどんどん乗せていくので、色が混ざってしまう。それも構わず糸杉から背景へ、背景から糸杉へと、無心で描き続けるうちに、筆の運びやリズム感が糸杉だけではなく、山にも雲にも月にも伝わり、その全てが、上へ上へと向かう大きなうねりの中にあることに気づいた。生きとし生けるもの全てが尊いものであるかのように…。

 「さあ描け! 命ある限り」と背中を押されているような気がした…。

かたぎり・じん 昭和48年生まれ。多摩美術大学在学中に小林賢太郎とコントグループ「ラーメンズ」結成。来年3月23日から個展「粘土道20周年記念 片桐仁創作大百科展」を開催する。

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