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【ノーベル賞’19】「やったね、よっちゃん」 “愛弟子”の津端敏男さんが晴れ舞台を祝福

 ストックホルム市内の中学校を訪れ、教室で生徒たちと記念撮影する吉野彰さん=9日(代表撮影・共同)
 ストックホルム市内の中学校を訪れ、教室で生徒たちと記念撮影する吉野彰さん=9日(代表撮影・共同)

 【ストックホルム=桑村大】おめでとう、よっちゃん-。旭化成名誉フェローの吉野彰さん(71)が臨む10日(日本時間11日未明)のノーベル化学賞の授賞式。ストックホルム中心部の会場では家族や関係者のほか、生活の必需品となったリチウムイオン電池の開発チームの“まな弟子”も晴れ舞台を見守る。

 「仕事の師であり、人生の師でもある吉野さんが受賞して本当に幸せ」。10年以上にわたり吉野さんと開発研究に携わった旭化成燃料電池材料事業推進部長の津(つ)端(ばた)敏男さん(55)は喜びをかみしめる。

 リチウムイオン電池の原形が誕生したのは昭和58年。ビデオカメラなどの電子機器が普及し、高性能の電池が求められていた時代だった。平成3年に商品化されたが、吉野さんが「真綿で首を絞められるような苦しみだった」と振り返る、市場に見向きもされない「ダーウィンの海」と呼ばれる時期が続いた。

 リチウムイオン電池のニーズはどこにあるのか-。翌年から二人三脚で、用途の開拓や電池の改良を重ねた。電池を高容量化する研究競争は激化。高品質の材料を単純に組み合わせただけでは性能は向上せず、安全性も確保しようと思えば設計は一層難しかった。そのたびに吉野さんの発想力の豊かさに助けられた。

 「この材料を使おうよ」。思いも寄らぬアドバイスが研究に拍車を掛け、行き詰まった際には仕事後、「クールダウンしに行こう」と仲間と終電まで酒を飲みながら議論を交わし、解決策を探った。そんな吉野さんを、仲間は尊敬と親しみを込めて「よっちゃん」と呼んだ。

 リチウムイオン電池が開発されて30年余り。いまや生活に欠かせない存在となった。「吉野さんのおかげでいまの僕の人生がある。一緒に研究に携われて、本当に感無量だ」

 化学賞の受賞者が発表された10月9日。吉野さんの名前が呼ばれた瞬間、涙があふれ、心の中で何度も「よっちゃん、おめでとう」と呼びかけた。

 今月8日の受賞記念講演は、間近で見守った。リチウムイオン電池があらゆる技術と結びつき、応用される将来像を示した内容に「産業界の吉野さんだからこそ伝えられたメッセージがある。百点満点の講演だった」とたたえた。

 研究開発にいそしみ苦楽を共にした仲間の思いも背負って晴れ舞台に立つ吉野さん。弟子は、こう声をかけて祝福するつもりだ。「やったね、よっちゃん」

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