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【書評】『サブリナ』ニック・ドルナソ著、藤井光訳 コミックスで小説の純度

『サブリナ』ニック・ドルナソ著、藤井光訳
『サブリナ』ニック・ドルナソ著、藤井光訳

 物語は「なにを語るか」とともに「どう語るか」が宿命となる。「どう語るか」については創作者の悩みどころで、いろいろな試みがあるが視覚に訴える技法が多い。

 物語の視覚化は実験小説の元祖、ロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』(18世紀後半)で早くも図が多用され、デニス・ホイートリー『マイアミ沖殺人事件』ではさまざまな証拠物件が添付されている。『サブリナ』はグラフィックノベルと呼ばれる形式で、コミックス(漫画)による物語だ。

 仕事から帰宅せずに行方不明になったサブリナ。彼女の恋人テディはいたたまれずに遠方の幼なじみ、ローベル宅へ身を寄せる。ある日、報道各社にサブリナ殺害と思われるビデオテープが送られ、内容がネットに流出する。犯人はすでに自殺。メディアはサブリナの家族を追いかけ、報道が過熱する。

 一方で事件がでっちあげで、サブリナは生きており、すべては政府による陰謀と唱えるラジオ番組の支持者がサブリナの家族やローベルに脅迫めいたメールを執拗(しつよう)に送り始める。

 おとなしい画調で淡々と進む物語だが、デンヴァーで無差別乱射事件が起こったり、神経が衰弱したテディが夜中にナイフを握り、裸でうろついたりする挿話が生々しく、ドキュメンタリーかと見まごう。4カ月後、ローベルは転勤で引っ越す。一方、テディは近隣の施設に入る。事件で再会し、別れる親友同士の設定は米国お得意のロードノベルといえるだろう。

 一人の女性の失踪事件が波紋を呼んでいく顛末(てんまつ)はニュースの本質を問うていると思う。誰しも自分の血は見たくないが、他人の血は見たい野次(やじ)馬だ。その残虐性に油を注ぐのがネット社会の悪意。「静かなることを学べ」と英国の釣り師ウォルトン卿は述べた。『サブリナ』は言葉が人を傷つける怖さ、真実が暴露にすりかわる暴力性を描き、まさに卿の言葉を熟慮すべき時代を映し出している。

 この秋、各社からグラフィックノベルが出版されているが、本書はグラフィックノベル初の英ブッカー賞にもノミネートされた。ノベルとはそもそも斬新な物語を意味した。小説と呼んでもよいと思う。(早川書房・3600円+税)

 評・浅暮三文(小説家)

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