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【書評】『二人のカリスマ 上下』江上剛著 流通の多彩な人々が躍動

『二人のカリスマ 上下』江上剛著(日経BP)
『二人のカリスマ 上下』江上剛著(日経BP)

 灰色に塗りこめられた敗戦直後の時代を、作家の色川武大が、<人々の心の根本は明るかった>と書いている。本田靖春の『疵(きず)』に寄せた一文である。長い太平洋戦争が終わって、思いもかけず命だけは助かった、という思いが内心にあり、少なからぬ人々が希望を取り戻したからだ。

 私は敗戦から5年後、地方の警官の子として生まれたが、わが家には堅気かどうか疑わしい有象無象の人々も出入りし、叱られたり笑いあったり哀(かな)しかったり、雑多なエネルギーと空気が満ちていた。どこか満たされない、それでいてきっといいことがあるに違いないという、払暁のあの時代から出かけたのだという気持ちが、私にもある。

 本書は、そうした混乱の時代に闇市から出発して、流通業界の頂点に立った男たちの商戦を生き生きと描いている。

 モデルとしているのが、イトーヨーカドーの創業者である伊藤雅俊、その伊藤の下でセブン&アイ・ホールディングスを成長させ、3年前にグループを追われた鈴木敏文だという。『二人の』とあるが、多彩な人物が躍動し、ダイエー創業者の中内功やセゾングループを率いた堤清二とおぼしき男まで登場する。

 興味を引くのが、伊藤と中内が闇市で出会い宿敵として戦ったり、その中内が鈴木を引き抜こうとしたりするシーンである。伊藤と中内は、なんと中国の劉邦と項羽になぞらえてある。伊藤のスーパーに現れた堤が「この店には文化がない」と言い放ったり、躍進を遂げているとき、不安に襲われた伊藤が、「私を思い切り抱きしめてくれ」と妻に叫んだりする。もちろんフィクションである。

 新聞記者はその人が言ったことを書き、ノンフィクション作家は彼が言わんとするところを周囲の証言と資料で埋めようと試みるのだが、江上ワールドの妄想力は羽が生えたように自在に飛び回る。実に羨(うらや)ましい。

 私は彼が銀行員だったころからの知り合いで、彼の明るい筆で現実を書き残してもらいたいので、時々、「ノンフィクションは書かないのですか」と彼に尋ねる。「僕は職人なので」。彼はいつも答える。何より読者を楽しませたいということなのだろう。

 評・清武英利(ノンフィクション作家)

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