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【ビブリオエッセー】夏の空と白いパラソルの女 「満願」太宰治

 青い空に白い雲、光あふれる夏。白いパラソルをさした女性。モネの『日傘の女』を美術館で見た時、一篇の小説を思い出した。

 伊豆の知り合いの家で、小説を書くためひと夏を過ごしていた作家の男。ある夜、酔っぱらって自転車に乗り、怪我をしてしまい、町医者に駆けつける。診察室に現れたのは男と同じくらいに酔っぱらった医者だった。その夜から二人は仲良くなる。

 男は毎朝、散歩の途中に医院の縁側で、何種類かの新聞を読むのが日課になった。その時刻になると、決まって病院に現れる若い女がいた。医者の妻によると、三年前に肺を悪くした夫の薬を取りに来るのだとか。医者は若い妻を不憫に思うが心を鬼にして、「奥さまもうすこしのご辛抱ですよ」と、言外に意味をふくめて叱咤する。

 八月のおわり。いつもの縁側で新聞を読んでいると、医者の妻が、「ああ、うれしそうね」と小声で囁いた。「けさ、おゆるしが出たのよ」。男が顔をあげると、目の前の小道を、女が白いパラソルをくるくるっとまわし、さっさっと飛ぶようにして歩いていった。

 夏の空気感と男女の微妙な事情を、短い文章で見事に表現している。文庫本で3ページほどの、太宰治の掌編だ。ユーモアを交え、今までの作風とガラリと替えて、若妻の素直な喜びと明るい心のうちを描く。モネの女性像も、柔らかな幸福感に満ちあふれていた。どちらの作品もパラソルを効果的に使い、まぶしく私を魅了する。

 東京都杉並区 佐川音(のん) 71

 【ビブリオ・エッセー募集要項】本に関するエッセーを募集しています。応募作品のなかから、産経新聞スタッフが選定し、月~土曜日の夕刊1面に掲載しています。どうか「あなたの一冊」を教えてください。

 投稿はペンネーム可。600字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556-8661産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本、漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。

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