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【書評】『定価のない本』門井慶喜著 愛書家泣かせるミステリ

 マルコ・ペイジ『古書殺人事件』の昔から、古書絡みの殺人を扱ったミステリは多い。しかし、私は断言する。この一巻は、古書ミステリの中でも、日本で書かれた最大規模のものであると。何が最大規模なのかはうかつに書けないが…。

 物語は、GHQ占領下の昭和21年8月、東京・神田神保町の古書店主、芳松が商売道具の本の山に押し潰されて発見されるところからはじまる。圧死か、殺人か。未亡人から事後処理を依頼された同じ古書店主、琴岡庄治は、何か割り切れないものを感じるが、やがてその未亡人も失踪し、芳松はソ連のスパイだったという疑惑が浮上する。

 そんな折、日本の文化、それも古典文学に興味を持つGHQのファイファー少佐が現れ、庄治に接近を図ってくる。

 もうこのあたりからネタを割りそうなので、ストーリーはこれ以上書けないが、GHQと「本の街」神田神保町の古書店主との“戦争”は終わっておらず、GHQは日本の文化と歴史そのものを潰しにかかっているのだ。それも古書を使って-。

 この作品には凶器の絶妙の隠し方など、ミステリ的趣向も、たくさん盛り込まれている。だが、作者が訴えているのは、日本人の誇り、それも何千年という長きにわたって書物に盛り込まれてきた日本人の誇りなのではないか。その一点は決してゆるがない。だから、神田神保町の古書店主たちは怯(ひる)まない。古書をGHQの手から守れ!と。

 日本のすべての愛書家たちも同様だ。この一巻は、愛書家には涙なしに読めない作品だろう。こうして書評の筆をとっていても、目がうるんできそうだ。ラスト近く、芳松をしのぶ庄治の述懐を読むがいい。

 「日本人が本を愛し、古典を愛し、そのことで国そのものを立ちなおらせるところが見られたのに。俺はそう思うんです。GHQに勝ったのは俺たちじゃない。文字を愛し文字をとうとぶ日本人、日本の歴史そのものなんだ」

 映画「七人の侍」のラスト、「勝ったのは…わしたち(侍)ではない」という志村喬のせりふを思い出し、実に感慨深い。この物語を通じて、大の男を号泣させる作者は悪い奴(やつ)に決まっている。(東京創元社・1700円+税)

 評・縄田一男(文芸評論家)

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