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【万葉集 最果ての歌 中西進さんと行く】勇猛なる民 隼人

薩摩国分寺跡を訪れた中西進さん=鹿児島県薩摩川内市(彦野公太朗撮影)
薩摩国分寺跡を訪れた中西進さん=鹿児島県薩摩川内市(彦野公太朗撮影)
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 隼人の反乱が勃発。県中央部の霧島市の国分平野には、隼人が立て籠もったといわれる断崖絶壁の山城がそそり立つ。乱は1年数カ月に及び、ついに隼人は敗北した。

 市街地の公園整備された小高い丘には、征伐された隼人の霊を慰めたとされる隼人塚がある。平安末期の仏教遺跡といわれ、3基の石塔と4体の石像が鎮座する国指定史跡だ。そして隼人の首塚があったと伝わる田園の中にも、石碑がひっそりとたたずむ。

 「ぽつんと残る碑が怨念の塊のように見えます」と中西さん。

                   ◇

 □隼人(はやひと)の名に負(お)ふ夜声(よごゑ)いちしろくわが名は告(の)りつ妻と恃(たの)ませ 巻11-2497

◆国づくりの道険し

 万葉集には、隼人が登場する作者不詳の歌がある。隼人の声は魔物を払う力があるとされ、吠声(はいせい)を上げながら宮廷を警護する任務を負っていた。そんな隼人の屈辱の声も、都人には物珍しいものでしかなかった。

 《隼人(はやひと)の名(な)に負(お)ふ夜声(よごゑ)いちしろくわが名(な)は告(の)りつ妻(つま)と恃(たの)ませ》 巻11-2497

 隼人の大きな夜警の声のようにはっきりと私は名を告げました、妻として私を頼りにしてくださいと。

 当時、女性が自分の名を明かすのは、結婚の承諾を意味したとされる。しかもこの場合、名だたる隼人の夜警のように大きな声で名のったというのだ。「だから私を妻として信頼してください、という男性の求婚に応えた歌ですね」

 律令国家を目指す大和朝廷は、日本列島に円を描くように統治の範囲を広げていった。その先々に、万葉集の歌が生まれた。

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