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新進気鋭の批評家・千葉雅也さん初の小説「デッドライン」 

20年近く前を舞台にした物語。「過去を通して先のことを考えたかった」と話す
20年近く前を舞台にした物語。「過去を通して先のことを考えたかった」と話す

 ベストセラー『勉強の哲学』などで知られる哲学者で批評家の千葉雅也さん(40)による初の小説が話題となっている。フランス現代思想を学ぶゲイの大学院生の悩みと苦闘を乾いたタッチでつづった『デッドライン』(新潮社)。自らの体験を大枠にした、という切実な青春小説はツイッターでも反響を呼び、今年の野間文芸新人賞にも選ばれた。

 「全力を尽くして書いたので評価をいただけてうれしい。ツイッター上での反応もすごくいい。また次も書いていこう、と背中を押された気持ちですね」。デビュー小説にして権威ある文学賞を射止め、千葉さんは笑みをこぼす。

 物語の舞台はインターネット初期で、まだSNSもない2001(平成13)年前後の東京。大学院でフランスの思想家ジル・ドゥルーズを研究している主人公の「僕」は日々、新宿の雑居ビルなどにあるハッテン場に出かけては男性と導き合う。友人との深夜のドライブとおしゃべり。学生と教授とのどこか緩やかな交流。突然傾いた家業…。現実生活を送りながら哲学とも格闘する「僕」の前に、遅々として進まない修士論文の締め切り(=デッドライン)が迫る。

 「フランス現代思想って言葉遊びみたいなもの、と言われがち。でも、もっとリアルで切実なものだということを書きたかった」

 実際、主人公の「僕」にとって、現代思想を解釈する営みはそのまま現実を生き抜くこととつながっていく。動物と人間、男性と女性、といった境界線上で同性愛として不安とともに生きている「僕」は、仏現代思想にマイノリティー(少数者)への励ましを感じ取る。とりわけ、自己と他者の壁が取り払われるようにして、「僕」と女性の視点が突如入れ替わる場面は、視界がぱっと開けてくるようで印象深い。

 「自分が今この自分である、ということはたまたまだし、他者だってそう」と話す。「その“たまたまさ”においてわれわれは互いに交換可能なんです。人間は肯定的なことであれ、否定的なことであれ、その偶然性と向き合わざるを得ない。それを肯定する根本的なマゾヒズムのようなものが生きていくためには必要なんだと思うんです」

 現在は立命館大大学院の准教授。小説を書き始めた当初は散文詩のような文章を連ねて難渋していたが、自身の実体験を枠組みにしようと決めてから筆が進みだしたという。ロイヤルホストの看板や井ノ頭通り沿いのドン・キホーテ、といった派手な色彩を想起させる記憶の情景も丁寧に描写しながら、スピード感のある一編に仕上げた。「映画を撮るような感覚で具体的な断片を並べていきましたね。今の管理社会が強まる前の、いい意味でも悪い意味でも緩かった時代の雰囲気をもう一度復活させたかった」。それは小説という表現手段だからこそできることでもある。

 「事実として書いてしまうと、それは一回言って終わり。一度火が消えた炭にまた火がつくように、燃え尽きないものとして過去を扱いたかったんです。そのためには論文でもエッセーでもなくフィクションが絶対に必要だなと」(文化部 海老沢類)

 ちば・まさや 昭和53年、栃木県生まれ。東京大大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。現在は立命館大大学院先端総合学術研究科准教授。ほかの著書に『動きすぎてはいけない--ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』『勉強の哲学--来たるべきバカのために』など。

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