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【ゆうゆうLife】家族がいてもいなくても(618)オムツ外し運動

 私の住む那須の廃校小学校で、「日本オムツ外し学会」の総会なるものが開かれた。

 その会の広報係になった私は、ここ数カ月、「交通不便なこの場所に人が来てくれるのか?」と、はらはらしたり、胃がチクチクしたりしていた。

 けれど、その日が来たら、なんと全国から120人もの介護の仕事にかかわる人たちが、那須に集結してくれた。ツアーを組み、駅までのバスでの送迎、食事や宿泊場所の確保など、事務局の面々の仕事ぶりにもあっけにとられてしまった。

 そして、会場では介護現場でなければ絶対にわからないような具体的で斬新な報告が続き、いつもは閑散としている元小学校の教室が生き返ったように人のエネルギーで満たされた。

 そもそも、この「オムツ外し学会」とはなんなのか。

 それを説明するには、この学会の提唱者の三好春樹氏が介護現場で働いていた「30年前のこの国の介護がどんなものだったか」から語らなければならない。

 当時、老人施設では、トイレに歩いて行けない老人はみなオムツ、がフツウのことだった。だから、最後の日までそれを外されることもなかった。そして、介護をする人もされる人も、そのことに「なぜ?」と問うこともなかった。

 けれど、老人介護のオムツは、人からいろんなものを奪っていく。尿意の当たり前の感覚を奪い、生きる意欲を奪い、寝た切りにしていく。

 その実態に一人の介護士が疑問を持ち、排泄自立へ向けてのリハビリを一人でコツコツと始め、次々と成功していった。それが、オムツ外し運動として広がり、「要介護者が主体性を取り戻していく」という新しい介護観の始まりとなったのだ。

 思えば、介護される人の「尊厳の保持」が、明文化されたのは、介護保険制度の開始から5年目。

 目指すべき介護の方向が、これでようやく定まった。オムツ外しは、膨大な量のオムツの無駄を省き環境破壊の抑止力になる。要介護者の自立が進めば、人手不足の対策にもなる。

 これまで介護のことなど考えたくもない、まして、オムツのことなんか、と耳を塞いでいた当事者も、ここに至ってやっと耳を傾けるようになった。

 当事者が、どんな介護をされたいのか、と主張する時代が来たのだと思うと、長く介護生活を体験した私には、介護に費やした人生が報われた思いがした一日だった。(ノンフィクション作家・久田恵)

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