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【ビブリオエッセー】一撃で打ち砕かれた一文 「おらおらでひとりいぐも」若竹千佐子(河出書房新社)

 家内が逝って、はや3年が経つ。癌と診断されてからの2年半は悔いが残らないようにと、体が動く間は家内の好きな旅に出かけ、寝たきりになってからは時間のある限り病院に通った。けれども家内が亡くなるとその喪失感はやはり強く、心から笑うことができなくなってしまった。

 「妻の分まで一生懸命生きます」とか「亡き夫はいつも私を見守ってくれていると思います」などという言葉をよく聞くが、自分は理系頭のせいか、そう都合よく気持ちを切り替えることができず、前を向けなくなっていた。

 そんな時、若竹さんの『おらおらでほとりいぐも』に出会った。芥川賞を受賞した話題作だから以前から存じていたが、どうせ現状への失望と老いの繰り言が物語風に描かれているものと勝手に思い込んでいた。夫が亡くなり独り身になった高齢女性の話という点では多少の興味を覚えたが、正直、読むほどの価値はないと思っていた。

 先日、身内が入院し、介護に行った病院の待合室でこの本を見つけた。他に適当な読み物もなかったため気のないままに読み始めたが次の一文に吸い寄せられた。

 「それでも周造の死に一点の喜びがあった。おらは独りで生きで見たがったのす。」

 妻の死を悲しまないといけない、楽しむ気持ちは押し潰して生きなければ、とひそかに考えていた私の心が、打ち砕かれた。主人公、桃子さんに「一人になったことを楽しめ」と言われた気がした。

 妻を亡くして悲しまない日はないが、この本を読んで、少し楽になった。

 奈良県桜井市 新谷靖61

 【ビブリオ・エッセー募集要項】本に関するエッセーを募集しています。応募作品のなかから、産経新聞スタッフが選定し、月~土曜日の夕刊1面に掲載しています。どうか「あなたの一冊」を教えてください。

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