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【話の肖像画】シンガー・ソングライター BORO(65)(4) 「これ、あゆみの歌だ」

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デビュー前、大阪・北新地でギターの弾き語りをしていた
デビュー前、大阪・北新地でギターの弾き語りをしていた

 〈大阪・北新地のナイトクラブでロックンローラー、内田裕也と出会い、BOROのデビューに向けた準備は一気に進んだ〉

 裕也さんの女性マネジャーから電話がかかってきて「まだか、まだか、デモテープ、まだか」と。夜通しで、テープレコーダーを駆使してオリジナルを50曲ほど入れました。「大阪で生まれた女」も入れましたよ。18番まである歌詞は、裕也さんのところにいく前にカットしていました。「5分以内にしておいてくれよ」と言われましたので。

 テープを歌詞とともに送ると、すぐに返ってきたのは「いついつ、どこどこのスタジオで、レコーディングやるから」。そんな電話でした。大阪のスタジオです。代替わりしているかもしれませんが、今でもそのスタジオはあると思います。デビュー前年の昭和53年からレコーディングが始まりました。

 裕也さん、いつも食事タイムには、「フォックスでいいかい」と周りに聞かれていました。「フォックス=きつねうどん」ですね。ぼくは「はい、フォックスで」と。今年、わたしのデビュー40周年で記念のアルバムを制作しましたが、この制作時も「フォックス」を食べました。

 〈昭和54年6月1日、BOROデビュー。しかし、デビュー曲は「大阪で生まれた女」ではなく、別のオリジナル「都会千夜一夜」だった〉

 当時の時代背景でいうと、大阪(関西)弁の歌はヒットしないというのがありました。出してもダメだと。そういう感覚なんですね。ところが、裕也さんがショーケン(萩原健一)のところに行って、「今度、BOROっていうのやるんだ」と言って、何曲か聴かせたらしいんですね。そしたら、「大阪で生まれた女」まできたとき、「あっ、これ、あゆみの歌だ」と。当時、ショーケンはいしだあゆみさんとつきあっていて、いしださんは大阪・池田市育ちでしたから。

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