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【歴史の転換点から】大獄に死す-松陰と左内の「奇跡」(8)時代と洋の東西を超えて実現した悲願 野村興児・至誠館大学長 

東と西の融和が使命-世界に伝わった志

 「この工部大学校の初代都検(校長)に29歳という若さで就任したのは『日本の近代科学技術教育の父』と称された英スコットランド出身のヘンリー・ダイアーでした。彼は帰国後、日本研究に情熱を注ぎ、日露戦争さなかの1904(明治37)年秋、大著『大日本』を発表したのですが、20年ほど前に初めて邦訳が出版されました。

 そのなかで彼は、日本の使命は『東と西を融和させ、東の擁護者かつ西の先導者であることだ』などと述べています。また、日露戦争については『日本は、ただ自由を求めて戦っているだけでなく、国の存亡を賭けて戦っていると言っても過言ではあるまい。そればかりか、日本はまた自由な国際貿易と国際交流の発展を求めるヨーロッパ諸国とアメリカのためにも戦っており、東洋と西洋のいっそう緊密な結びつきを実現するためにも戦っているのである』と評価しています。

 ダイアーは帰国後、決して望んだようなキャリアを積むことはありませんでしたし、ほかの『お雇い外国人』と比べて忘れられた存在でした。でも、彼の足跡や著作にふれると、どこか松陰の面影を感じます」

(編集委員 関厚夫)

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