PR

ライフ ライフ

【文芸時評】12月号 誰のための国語教育か 早稲田大学教授・石原千秋

 学会の機関誌に「おじいさんのランプ」というコラムのような文章を書いた。言うまでもなく新美南吉『おじいさんのランプ』を踏まえたもので、いまや文学教育は時代遅れの「ランプ」となったという趣旨だ。もちろん、文学を愛する僕が文学教育は止(や)めた方がいいと言いたいわけではない。文学教育を続ける根拠を、つまり「ランプ」ではないことを誰も示せてはいないではないかと言いたいのだ。サワリの部分はおおよそ以下のようなものだ--。

 いま国語教育について発言するなら、誰のための国語教育なのかをも問うべきだ。

 「政治的正しさ」中毒に陥らないように、橘玲氏の『もっと言ってはいけない』(新潮新書)を読んでいたら、興味深い指摘があった。OECD主催のPIAACという国際調査がある。これは成人を対象として「読解力、数的思考力、ITを活用した問題解決能力」のスキルを測定するために24カ国・地域において約15万7000人を対象に実施された。その結果、「日本の成人のおよそ3人に1人が、本のタイトルと著者名を一致させるレベルの読解力を満たしていない」ことがわかった。

 興味深いのはそこからである。この測定の結果が悪かった5カ国の社会状況を挙げて、橘氏は「知識社会に適応できない国民が多いほどポピュリズムが台頭し、社会が混乱するのではないか」、つまり「右傾化」するのではないかと推測している。こうした問題の素人の私でさえ(あるいは素人であるがゆえに?)突っ込みどころが多い本だが、それでももしもこの推測に妥当性があるなら、いま日本に求められるのは、まさに新指導要領の提案する実用的なリテラシーを訓練する国語教育ではないだろうか。それが右翼ポピュリズム体制から日本を守ることになるだろうから。文部科学省はなかなか知恵がある--。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ