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三・一独立運動で日本にエール 法王は天皇に連帯を求めた 「軍服の修道士 山本信次郎」

 その「杉山メモ」の昭和16年11月2日の項には、前日の国策再検討連絡会議について、東条英機首相らが昭和天皇に報告したさいの天皇の次の発言が記されていた。

「時局収拾に『ローマ』法皇(ママ)を考えてみては如何かと思う」

 記者から、この発言の真意を尋ねられた昭和天皇はこう、答えられた。

「ローマ法王は世界の各国と深い関係があるし、その機関は平和的な機関ですから、平和に関する問題を解決するためにはこの機関と連絡することが必要だと思いましたので、それを東条総理に話したのです」

 さらにこう述べられている。

「私はすでに、最初にヨーロッパを訪問してローマ法王と会ったときから、ローマ法王を尊重して、その機関と連絡をとりたいと常に考えておりました」

 昭和天皇は、同じ昭和16年10月13日にも、内大臣(戦前、天皇の側近として仕えていた職)の木戸幸一に対して、こう語られた。

「開戦するにあたっては、戦争終結の手段をはじめから充分に考えておく必要がある。それにはローマ法皇庁との使臣の交換等、親善関係の方策をたてておく要がある」

 開戦直後には、そのお言葉通り、バチカン市国へ使節(公使)を派遣するよう、東条に事実上の指示を出されている。

 ローマ法王の影響力を重視、外交に生かそうという、恐らく日本人の誰も持ち得なかった世界観、国際政治観は、感性が柔らかい20歳のときに法王庁を訪れた経験から生まれたものだったのだ。

 だが、皇太子の法王庁訪問は、最初から予定されたものではなかった。むしろ急遽(きゅうきょ)企画されたものだった。

 ここで時計の針を4カ月余り戻してみたい。

※この記事は、『坂の上の雲』にも登場しながら、これまで知る人ぞ知る存在だった愛国のクリスチャン、初の本格評伝『天皇と法王の架け橋 軍服の修道士 山本信次郎』(皿木喜久著、産経新聞出版)の序章から抜粋しました。ネットでのご購入はこちらへ。

 ■皿木喜久(さらき・よしひさ) 産経新聞客員論説委員。昭和22(1947)年、鹿児島県生まれ。京都大学文学部卒業。産経新聞社入社、大阪本社社会部、東京本社政治部、特集部長、論説委員長などを経て平成27(2015)年退社。現在、産経新聞客員論説委員、新しい歴史教科書をつくる会副会長。主な著書に『大正時代を訪ねてみた』(産経新聞ニュースサービス)、『紅陵に命燃ゆ』(産経新聞出版)、『子供たちに伝えたい日本の戦争』『「令和」を生きる人に知ってほしい日本の「戦後」』(いずれも産経NF文庫)、『明治という奇跡』(展転社)。共著に『新聞記者 司馬遼太郎』(文春文庫)など。

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