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三・一独立運動で日本にエール 法王は天皇に連帯を求めた 「軍服の修道士 山本信次郎」

 現代でもそうだが、極東の中でも、朝鮮半島はキリスト教勢力が強い。「三・一独立運動」をめぐっても、プロテスタントの指導者らが加わっていたことや、カトリックが、独立運動とは一線を画していたことは、研究者の多くが認めている。

 だが、東洋の情勢についての法王の情報収集力と、緻密な分析には、山本らも舌を巻いた。

 さらに4年前起きたばかりのロシア革命を念頭に置いたように、「反共産主義」を明確に打ち出し、日本に連帯を求めた。この発言に、皇太子が力強く感じられたことも、間違いないだろう。

 ■誰も持ち得なかった「国際感覚」

 皇太子一行はこの後、法王庁国務省のガスパリ長官の案内で、宮殿内の大広間に向かった。そこにはフランス、スペイン、ブラジルなど各国の駐バチカン大使、公使など約50人が待っており、皇太子に拝謁した。

 皇太子やその一行は、法王庁の「ひと声」でこれだけ多くの外交団が集まるところに、ローマ法王の力を思い知ることになった。

 この法王庁訪問からちょうど60年後の昭和56(1981)年2月、当時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世が日本を初めて訪問した。

 皇居で法王と会見した昭和天皇は

「(60年前のバチカン訪問は)大変いい思い出になっております」と、お礼を述べられた。これに対しヨハネ・パウロ2世は

「日本は道義を重んじる立派な国で、大変尊敬しております」と応じた。

 昭和天皇は、この年の9月2日の記者会見でも、この法王庁訪問について触れられた。

 開戦直前の「杉山メモ」に関する質問に対しての、お答えだった。「杉山メモ」とは、当時の陸軍参謀総長、杉山元が重要会議の中身を、参謀本部の部下に記録させていたもので、戦後に単行本として出版されている。

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