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【話の肖像画】女子柔道金メダリスト・谷亮子(44)(9)「ママ金」から政界へ

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2010年の参院選で当選確実となり、笑顔を見せる
2010年の参院選で当選確実となり、笑顔を見せる

 〈女性競技者の行く手を阻むいくつもの壁を越え、「ママでも金」を果たしたのは2007(平成19)年9月の世界選手権(リオデジャネイロ)だった〉

 今だから言えることですが、長い競技人生の中で、「ついにやり遂げた」と思ったのは初めてのことでした。北京五輪を控える前年に「ママでも金」はあまりにも大きい経験でした。世界選手権は真の強豪ぞろいでしたし、世界中が五輪を見据え、頂点を目指して参加してくる。この時も、1回戦から決勝まで優勝候補の選手との激しい対戦が続きました。「やり遂げた」と言ってしまうと、目標が途絶えそうな気がする。現役である以上、そんなことは口に出しません。優勝したときこそ、すぐに目標を立ててきたのは、自分をさらに高く引き上げるためでもありました。

 〈北京五輪では5大会連続出場、5大会連続メダル獲得の偉業を成し遂げた。いずれも日本人初だ。サポートにも恵まれたと実感している〉

 結果的には5度目となる北京が最後の五輪となりましたが、メダリストに輝くことができました。気がつけば初出場から16年です。バルセロナ、アトランタ、シドニー、アテネ、北京。どの大会も思い出せば鮮明に蘇(よみがえ)ってきますね。5大会連続のメダル獲得は大変長い道のりでした。競技人生を語る上で計り知れないほど支えとなったのが、特にシドニー五輪から3大会にわたってサポートしてくれた「チームヤワラ」のスタッフと練習パートナーの皆さんです。社会人(トヨタ自動車)では練習メニューなどを私が発案し、1日のメニューを決めて取り組みます。毎日同じ練習はしない。その全てのメニューをスタッフやパートナーも私と一緒に全力で取り組む。なかなかできることではありません。パートナーが試合に出場しても私と同じ結果を出すことができたと思うくらい同じ努力を積み重ねてくれたのがすごいことでした。パートナーの仕上がり具合で私の仕上がりも決まってくるほどです。

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