PR

ライフ ライフ

【歴史の転換点から】大獄に死す-松陰と左内の「奇跡」(3)死しても生きる-釈迦や楠公のごとく

「左内神社」はどこに

 「えっ? 恒道神社? 橋本左内をまつった?」

 JR福井駅前の観光案内所の女性職員は困惑の表情を浮かべた。「福井神社の境内にあるようですけれど…」と続けると、「ああ、福井神社でしたら福井城跡のすぐ西にあります」と言って即座に地図で指し示してくれた。

 福井神社は、左内が仕えた「幕末四賢侯」の一人、松平春嶽を祭神としている。大鳥居をすぎてすぐ左折すると、福井空襲による消失後の再建という立派な社殿が見えてくる。

 福井神社の摂社(※2)である恒道神社は、その南東わきにある。鳥居をかたどったようなデザインは興味深いが、こぢんまりとしており、うっかりすると見落としてしまいそうだ。

 祭神は左内のほか、いずれも春嶽の側近だった鈴木主税と中根雪江。左内はその「末席」として碑に刻まれている。

 差-とは言いたくない。でも没後160年を経たいま、松陰と左内のこのちがいはどこからくるのだろう。そう考えているうちに、いくつかの思いがわきおこってきた。   (編集委員 関厚夫)

 ※1 仏道修行の過程で功徳や善根が増進してすでに得た境地から後戻りしないこと、また悟った菩薩の位を失ったりしないこと

 ※2 本社に付属し、その祭神と縁故の深い神をまつった神社。神社の格式では本社と末社との間に位置する

次のニュース

関連トピックス

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ