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【歴史の転換点から】大獄に死す-松陰と左内の「奇跡」(3)死しても生きる-釈迦や楠公のごとく

福井神社境内にある恒道神社(中央)。橋本左内らがまつられており、右奥には福井神社の祭神、松平春嶽像がみえる=福井市大手(関厚夫撮影)
福井神社境内にある恒道神社(中央)。橋本左内らがまつられており、右奥には福井神社の祭神、松平春嶽像がみえる=福井市大手(関厚夫撮影)
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妹たちへの遺言

 「人は一心不乱になりさえすれば、何事に臨んでもちっとも頓着なく、捕縛されようが投獄されようが、また首を切られても平気になれるもの。そうなれば現世でどんな難題や苦難に遭遇しても心が折れて不忠や不孝、無礼や無道に走る気遣いはなくなってしまう。でも、はじめから普通の人間に一心不乱だの不退転(※1)だのと申し聞かせてもさっぱり耳に入らない。だから、仮に観音様をこしらえて人の信心を起こさせるように教えを説くのじゃ。これを方便ともいう」

 安政6(1859)年5月(旧暦)、「安政の大獄」に巻き込まれ、萩・野山獄から江戸・伝馬町牢屋敷に移送される直前、松陰が3人の妹たちに示した「遺言」のなかの一節である。松陰は観音信仰のほかに釈迦や大乗・小乗仏教、法華経などについての話を交えているのだが、これほど平易な言葉や例をもちいながら宗教や信仰、そして死生の深奥を語った文章があるだろうか、と思う。

 またこの「遺言」(原文は長妹の千代への手紙)には「不死」について述べた以下のくだりがある。

楠公は生きている

 「『死なぬ』ということを次のようにたとえてみよう。釈迦や孔子といった方々は今日まで人の心に生きておられる。それがゆえに人々は尊びもすればありがたくも思うし、おそれもする。はたして『死なぬ』ということではないか。それは捕縛されようが投獄されようが、また首を切られようが平気だというさきほどの話と同じこと。楠木正成公や『忠臣蔵』の大石内蔵助といった人々は、身は失ってもいまだに生きてござる。

 さて禍福はあざなえる縄の如し、人間は万事塞翁(さいおう)が馬(この意味は物知りに聞いてくれろ)。僕なども牢獄で死ねば禍のようだけれども、一方で学問にいそしみ、おのれのため、人のためにしたことが後世に伝わり、なんとか死なぬ人の仲間入りができるならば、この上もない幸福だといえる」

 この手紙の終盤、死を期す松陰は妹たちに「これからは僕がおまえたちや兄弟の代わりにこの世の禍を受け合うから、みな僕の代わりに父母へ孝行してくれよ」と諭す。情けないことにいつ読んでも、ここで目頭が熱くなってしまう。

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