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【書評】問い続けた統治者の孤独 『治天ノ君』古川健著

「治天ノ君」
「治天ノ君」

 天皇陛下の即位で大嘗祭(だいじょうさい)が行われるなど、皇位継承に伴う儀式が粛々と続いている。本書は、今から三代前の大正天皇をモデルに、その人間性に新しい光をあてた戯曲だ。

 生涯病弱だった大正天皇の治世はわずか15年、昭和天皇の64年にくらべてはるかに短い。真偽に諸説あるが、議会で詔書をまるめてのぞいたとされる「遠眼鏡事件」を思い起こす人もいるだろう。のぞいたのは、うまく巻けたかどうか確認するためだったという近年の研究(原武史著『大正天皇』)もある。人間味ある気さくな人柄とも伝えられ、健康時には地方巡啓を行い、人力車を降りて民の暮らしを視察してもいる。

 明治の大変革を背負った父・明治天皇の権威と皇太子(後の昭和天皇)の間で懊悩(おうのう)するひとりの人間像を、大胆にフィクションとして描いたのがこの戯曲である(本書はもう一作「追憶のアリラン」も収録)。

 ドラマは「貞明皇后節子」の回想によって始まり、富国強兵の明治から大戦の前兆となる昭和の始まりまで、宮中を舞台に時を行き来する。著者は軍拡に対する疑念を持ち、出兵する民の命を惜しむ統治者としての天皇像を造形した。それは父・明治天皇の意向にはそわないものだった。幻想の中に現れる父からはその「人間らしさ」を皇位にふさわしくないものと叱正される。「父」と呼ぶことも禁じられ、家族と食事をする団欒(だんらん)の時も阻まれ、次第に精神的にも不安が兆すようになる。

 「天皇」という権威を畏怖される存在として祀(まつ)り上げ、利用しようとする政治家たち、皇后に支えられながら必死に抗(あらが)おうと苦悩する姿が胸をつく。やがて退位を迫られ、砲声の聞こえる昭和の時代へつき進むことを暗示して幕は閉じる。

 大正はモダニズム文化の時代であり、モボ、モガと呼ばれる若者たちが出現した。一時期ではあったがデモクラシーの声が上がり、文献によれば、貞明皇后が華族女学校時代に「オッペケペ」を口ずさんだこともあったという。「自由、自由というけれど…」、あの壮士芝居の中の歌である。戯曲からはそんな庶民の声も届く中で、「天皇とはなにか…」を問い続けた人間の孤独が浮かび上がる。(ハヤカワ演劇文庫・1200円+税)

 評・永井多恵子(演劇ジャーナリスト)

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